どれだけのものを、俺は失ってきたのだろうか
「親父……」
シンプルな木のフォトフレームに入った一枚の写真を何気なく眺める。ソレの中で優しく微笑む俺の両親。その切り取られた時間の中で二人は眩しく輝いていた。
「………っ」
不意に、涙が零れる。慌てて温かいそれを拭う俺は、後ろに人がいるのに気が付かなかった。
「耀泰」
「兄さん……」
そこに立っていたのは、今人気のバンド"紅"のボーカル太陽…本名、那優紅廉。俺の異母兄弟の、俺の大好きな兄さんだった。そんな兄さんにも双子の兄貴がいる、俺は嫌いだけれど。
兄さんは俺の頬を伝う涙を暫く見、そして一言俺に問う。
「……どうか、したのか」
「っ、何でもない…」
「……」
兄さんは、優しい。半分しか血の繋がっていないこんな俺を、何も言わずに優しく抱きしめてくれた。俺はそれが嬉しくて、
「兄さん……」
「いい、無理して言わなくても」
お前が泣きたいのなら、泣けばいい。俺がずっとこうしててやるから
そう言ってくれた兄さんに、俺は糸が切れたように泣き出した。
「兄さ…っ!」
「……」
無口な兄さんは不器用で無愛想だけど、とても優しい俺の自慢の兄貴だ。
暫くして俺の涙も収まった。けれど兄さんはずっと背中をさすってくれていた。そのさり気ない優しさは、俺を暗闇から引きずり出す。
「もう、大丈夫か?」
「うん、ありがとう…兄さん」
「…ならいい」
少し微笑む兄さんは、男の俺でも見惚れるくらい格好良かった。何をさせても完璧で、面倒見も良くて誰にでも優しい兄さんは俺の理想だと、改めて思う。
「兄さん…俺今ね、親父達のコト考えてた」
「…何故」
「俺、今幸せなのかなって…今俺は、愛されてるのかなってサ…そう思って親父達の写真見てたら」
何か知らないけど涙出てきて、
写真の中で幸せそうに微笑む親父達を見ながら呟いた俺は、目を伏せた。大好きな二人に置いていかれた自分と、尊敬していた人に先立たれた兄さん。俺達は、何だか似てる。
「…耀泰、」
「ごめん兄さん…こんなコト、言うつもり無かった…」
哀しそうな瞳で見つめてくる兄さんに、俺は罪悪感に苛まれる。
「兄さん、俺ね…好きな人がいるんだ…けど」
この雰囲気を打破したい、そう思った俺は今の悩みを兄さんに打ち明けた。言っても良い、兄さんになら大丈夫、とそう思った。
「でもね、その人…俺と同じなんだ…同じ、男で」
「……」
「気持ち悪いよね?男が男好きになるなんて…でも、でも俺は」
その人のコトが好きなんだ
兄さんにこんなコトを話したのは久しぶりで、その話をしている時の兄さんの表情はいつもとあまり変わらなかった…気がする。
「……、」
「でもその人…他に好きな人がいるんだって、俺ってばバカでさ。その好きな人と上手くいくようにって、イイ友達演じちゃって」
ホント、俺バカだよね
そう呟き、思い出した俺は目尻に涙を溜めながら自らを嘲笑う。
突然、力無く笑った俺の肩を、兄さんは強い力で抱きしめた。一瞬何が起きたかわからなくて、あれ?そう思い兄さんを見上げたけれど兄さんの顔は見えなくて。
「兄さ…?」
「俺じゃ、」
「え?」
「俺じゃ、その人にはなれないのか…?」
兎に角俺は驚いた。兄さんのその言葉に対して、行動に対して。それはどういう意味なの兄さん。目を丸くする俺に兄さんはまた口を開く。
「耀泰…俺は」
「……っ!」
その言葉に、俺は絶句した。だって、そんなの嘘だ。優しくて何でも聞いてくれた兄さん。俺の大好きな兄さん。今目の前にいるのも兄さんなのに。きっとコレは何かの冗談だ。
¨前からお前が好きだった¨
大好きな、
(頭の中を駆け巡るのは大好きな二人の顔だけ)
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