広がっていくこの世界を、


「あ、夏賀さんおはよう」

「お!咲親ちゃん、おはよー」

「皆おはよー」


どこぞのアイドル並みの挨拶をされながら教室に入ってきたのは、超モデル体型の女子生徒(しかもなかなかの美人だ)。名前は確か、夏賀咲親(かがさきちか)。まだ入学して一週間程しか経っていないが、A組女子のリーダー的ポジションにいる子だ。
あまり話したことはないが、サバサバしている所があるように思えるので彼女には好感が持てた。


「ねえ藤波くん。藤波くんは部活ドコに入るの?」

「あ、それ私も気になるー」


クラスの男子と仲の良いキャピキャピした女子が話し掛けてきた。彼女たちとは席が隣だったため、多分彼女たちの輪の中の話の流れで私に飛び火したのだろう。
私は鞄を机の横に引っ掛けながら、考えていた部活を言ってみる。


「今のところは、弓道部に入ろうかと考えています」

「弓道部!格好良いー!」

「藤波くんって何やっても様になっちゃうから凄いよねー」

「そんなことありませんよ」


私は彼女たちに営業スマイルで曖昧に微笑んだ。歓声が上がったのは聞いていないことにする。
その歓声を聞き付けて、彼女…夏賀 咲親が顔を出した。


「なあに?何の話ー?」

「加賀さん。今ね、部活何入ろうかって話してて」

「藤波くんは弓道部に入りたいんだって!藤波くん袴似合うだろうなー」

「ふーん、弓道部に?」


今の私の身長は175cmだったが、彼女もそれに負けず劣らずの身長で私が少し見下ろすくらいの身長差だ。そのため、彼女の服に収まりきらない豊満な胸は嫌でも私の視界に入ってくる訳で。
……目のやり場に困るとはきっとこのことだと思う。

そんな彼女は、私の顔を何か珍しいものを見るような目で見つめていた。不思議に思い問い掛ければ、彼女は終始つまらなそうな表情で呟いていた。


「それ、疲れないのかしら?」

「…はい?」

「いいえ、なんでもないわ」


ふわりと微笑んだ彼女は、男の私から見てかなり魅力的だった。
ふいに、ヴーッ、と誰かの携帯が鳴り出す。ハッと辺りを見回すと、すぐ近くでポチッという通話ボタンを押したであろう音が聞こえた。


「はぁい、もしもしー」

『テメェ起こせっつったろうが!!』

「五月蝿いわね朝っぱらから!ちゃんと起こしたわよ!やだ、まだ寝てたの?」

『当たり前だっつの!遅刻したらどーしてくれんだ!』

「いーじゃない遅刻くらい。あんた見た目不良なんだから、その方がきっと様になるわよ」

『ナメてんのか?』


電話の向こうから聞こえてくる男の声は、少々苛立ちを隠せないでいるようだった。しかし彼女の近くに居たためか聞こえてくる会話は、何処か手馴れていて、何故か聞いていて安心した。


「そもそもあたしにこんな電話する暇あるんだったらさっさと学校来なさいよ」

『…それはテメェがだなあ…』

「はいはい、じゃあ切るわよ。遅刻しないように頑張って」


ポチッと容赦なく電源ボタンを押した彼女は、私を見、謝罪を述べた。


「騒々しくてごめんなさいね。弟なんだけど、いっつもああなのよ」

「いえ」

「ふふ、まあそこが可愛いんだけど」

「弟さんは、この学校に?」

「そうよ、確か…」


キーンコーンカーンコーン…
朝のSHRが始まる合図だ。また後で話すから、と彼女は微笑んで自分の席に戻っていった。
私も席に着いて、あの黄緑教師が来るのを待つ。ふと、視界の端に彼…夜美が写った。一瞬目が合った気がしたが、直ぐに反らされてしまった。私は彼に何かしただろうか。
ぼんやりそんなことを考えながら彼を見つめていた私の耳は、周囲の音を拾えていなかった。


「おい藤波、」

「…」

「ふ、じ、な、み、くーん」

「……」

「テメェコラ、俺様を無視するとはいい度胸じゃねぇかあ゛あ?」

「痛っ!」


篠塚が私の頭を手に持っていた出欠簿で思い切り叩いた。バシッと物凄い音が教室に響き、それを合図に教室中に笑いが溢れる。
何が起きたのか分からなかった私は、慌てて篠塚の方を確認した。


「おいおい、学年首席の天才くんが何ボケーっとしてんだよ」

「…すみません」

「次から気を付けろよ」

「はい」


やけに落ち着いた諭し方に私はやや驚いたが、まあ口答えをするつもりもなかったのでその場はすぐに収まった。

そしてまた彼を見つめると、私と彼の視線が絡まった。どくん、と心臓が脈打って、私は喉を鳴らす。彼は私の視線に気付いたのか、何だか慌てて視線を外してしまった。
どうして?
そんな疑問が、私の心を支配した。




絵空事だと
人は言うのだろう

(しかし彼を想う心は日に日に大きくなっていて、もう私自身が無視出来ないくらいに腫れ上がっていた)

─────

死神の平穏。





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