例えばそれは、


「ねえねえ、暁くんって凄く可愛いよね!女の子みたいじゃない?」

「うんわかる!儚げで守ってあげたくなっちゃう」

「お人形さんみたいに綺麗だし」


そんな女子の会話がふと聞こえてきて、彼女たちの視線の先には『夜美』がいた。
彼にはそれが聞こえていないようで、黙々と机に向かって何かを書いている。何を書いているのだろう。私は気になり、彼の側に然り気無く寄ってみた。


「え、と…ここがこうで……」

「……」


彼の手元には、プロが描いたような絵(どちらかというと写真に近い)が横たわっていた。
夜。空には分厚い雲が覆い被さって、月の光は届かない。レンガの家が建ち並ぶ街の裏通りでは、ぽつぽつと一定感覚で街灯が微かに光っている。その街灯の微かな灯火の下では小さな黒猫が一匹、無造作に積まれた木箱の上にあぐらをかいて欠伸をしている。
そんな絵だ。
写真のように細かく正確な描写なのに、何処か現実味のない、幻想的な一枚だ。
思わず息をするのを忘れてしまいそうなほど引き込まれるソレに、私はつい声を上げた。


「絵を、描くのが好きなのですか」

「えっ!あ、うん!」

「とても、綺麗な絵ですね」

「え……」


私が彼の絵を綺麗、と言ったら、彼は目を見開いて私を見上げた。何か可笑しなことを言ったのだろうか。私は首を傾げ、彼に問いかける。すると彼から、思ってもいなかった答えが返ってきた。


「……この絵、全体が暗いから、気持ちが沈むって思う人が多いみたいなんです。それに絵が何も判らない人は、ただ私の絵を¨上手¨としか言わないから」

「……」

「嬉しいです。綺麗って言ってくれたの、貴方が初めてだから」

「…私はただ、思ったことを口に出しただけですよ。絵にだって、そこまで詳しくは…」

「それでも私は、嬉しいんです」


ありがとう、
そう言って恥ずかしそうに微笑む彼に、私は言い知れない胸の高鳴りを感じた。




嘘で塗り固めた私に

(何の疑いもなく優しく微笑んだ貴方はまるで天使のようで)

─────

天使と死神、キッカケ編。





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