その想いを明かしたかった
「なあ、藤波って今日学校来てるか」
「……来てるけど、何」
彼が一組を訪れたのは、閏が学校に来るようになって一週間程経ったある日だった。
ふらっと現れた大柄の彼に、一組の生徒達はどよめいた。ただでさえ目つきの悪い彼の問いに答えようとする者はいない。ただ一人、そんな彼のすぐ隣で飴を舐めながら壁に背中を預ける魅白が口を動かす。
「和仁に何の用?」
「……ちょっと話があんだよ、何処にいんの」
「………生徒会室で、仕事してる」
「そっか、サンキュ」
そう素っ気なく言えば慌ただしく一組を出ていく彼の背中を見つめる魅白の口の中で、小さくなった飴玉が粉々に爆ぜた。
魅白の耳にガリッという痛々しい音が周りの騒音に割り込めば、そのすぐ後に次の授業開始のチャイムが鳴り響いた。
「…はあ」
その時書類がそこかしこに散らばった生徒会室には会長の和仁が一人で仕事をこなしていた。
不意にバサッと机に書類を投げ出せば、掛けていた眼鏡を外す。椅子に背を預け、疲れた目を休ませているとガチャ、と音がして誰かが入ってきた。
また客か、と思いながら入ってきた人物を見上げれば、和仁は驚きで目を見開いた。
「…何故貴方が……?」
「仕事中悪ィな、お前に相談してェことあるんだけど」
「それは構いませんが…珍しいこともあるものですね、菊陽」
皮肉を言って軽く笑えば哉継は和仁を睨み付ける訳でもなく、ただ何も言わずに辛うじて座ることが出来る真っ赤なソファに腰掛けた。
そんな哉継を不思議に思い首を傾げながらも、和仁は彼の相談とやらを聞こうと催促する。すると哉継は暫しの沈黙の後、その重い口を開いた。
「……耀泰の、ことなんだけどよ」
「那優がどうかしました?」
「確か、二ヶ月位前だったろ…閏と付き合い始めたの」
「ええ、その筈ですよ。でもそれがどうかしましたか?」
なかなか本題に入ろうとしない哉継に、仕事後の疲れからか僅かな苛立ちを感じた和仁だったが慌ててその感情を押し殺した。
哉継は自分のことで精一杯な様子でそんな和仁には気付かなかったようで、屋上であったことを思い出して端正な顔を歪めた。
「口利いてねェんだ、あれから」
「…那優とですか?それとも閏と?」
「どっちもだ」
まさか耀泰が、俺の側からいなくなるとは思わなかったんだ
頭を抱えて俯く哉継に和仁は溜息を吐いた。机の上に置かれていた眼鏡をゆっくりと掛ければ、哉継を見据えて冷たく言い放った。
「それは自身を過大評価しすぎなのではありませんか」
「何…?」
「事実、あなたの側から那優はいなくなりました。結局あなたはそれまでの男だったということじゃないですか?」
「なんだと…ッ!」
物凄い音が生徒会室に響く。哉継は怒りのままに和仁に掴み掛かった。和仁が哉継を思い切り睨み付ければ哉継は唇を噛み荒々しく掴んでいた服を離した。
「……私の言っていること、間違ってはいないと思うんですけど」
「…、なら俺はどうすればいい?アイツに俺の気持ちを伝えた所でアイツの心が手に入る訳でもねェ。気まずくなって終わりだろ」
だったら、俺はどうしたらいいんだよ藤波…
哉継にとっては藁にも縋る思いなのだろう。事実、この二人は対して仲は良くない。寧ろ悪い方に傾いている。好敵手とでも言うのだろうか、絶対に弱音を言わない相手であることは確かだ。
そんな関係にも関わらずこんな相談を和仁にするのは恐らく、一番いい答えを知っているだろう、という自信からだった。
何故そんな自信が生まれたのかは哉継本人でさえ分からないが。
和仁は今にも泣き出してしまいそうな、今まで見たことのない哉継を見てまた溜息を漏らした。
「違います」
「…は?」
「"どうすればいい"ではなく、自分が"何をしたいか"です」
「…何をしたいか…」
「……他人に助言を求めることは確かに楽でしょう。しかしその結果は、あなたの力で成し得たものではありません。それが例え、あなたが望んでいた結果だとしても」
和仁が不意に窓の外を見上げれば、そこには灰色の分厚い雲が空一面を覆っていた。窓ガラスには小さな水滴がたくさん滴り落ち、外は雨だと室内の人間に伝えている。
重い沈黙が生徒会室を包み、ポツポツと雨が窓を濡らす音が鳴り響く。
「…俺は、アイツの」
「一つ、言っておきます」
漸く口を開いた哉継の言葉を遮った和仁は、机に向き直り哉継を見据えた。そこにはいつもの柔らかい空気はなく、誰もが固唾を飲むような威圧感を纏っている。
「……なんだよ」
「心が手に入らないのなら体だけでも、なんて陳腐で愚かな考えは間違っても起こさないように」
「……!」
哉継を睨み付けた和仁の瞳には、息をすることを忘れてしまいそうなほどの冷たい殺意が宿っていた。
ひとみにとぼる
(瞳に灯る、それぞれの思惑)
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