俺は何の躊躇いもなく、差し伸べられた温かい手を取った




「はあ…、なんか人いねェな…」


数日前、初めて耀泰は閏と体を重ねた。その行為をして何かが変わると言うと訳ではない。行為をしても何も変わらない。
ただ、そのことを思い出して体を火照らす耀泰がいるだけだった。
閏にしてみればやっと、という思いだったが、恋人に特に変化は見られなかった。恥じることは恥じる。拒むときは拒む。
そんな変わらない耀泰に、閏はまた愛しさを募らせた。

ある日の朝、耀泰が自分の教室に来てみればやけに閑散としていた。首を傾げて時計を見れば、時刻は8時ジャスト。
嗚呼、早く来すぎた!と自分の頭を小突いた耀泰は取り敢えず席についた。


「…………落ち着かない」


……耀泰は数分と経たない内に根を上げた。本を読もうとしても本を持っていない。今日は寝ぼけていて携帯は家に忘れてしまった。
…要するに何もすることが無かった。


「閏……いるかな…」


ふと思い立った耀泰は、閏に会うため7組から一番遠い1組に向かった。
1組に着けば丁度一人登校しているようで、窓際の一番後ろの席には鞄が置いてある。耀泰は良かった、と胸を撫で下ろして教室の中に入った。だが、鞄とこの席の持ち主であろう人間が全く見当たらなかった。


「あれ…?居ないのかな…」


耀泰は鞄が置いてある机に触れた。その机はまさしく新品同様。大事に扱われていたようで、机の上の落書きなんかは一つも無かった。


「どうかしました?」

「うぉおおッ!?」

「……そんなに驚かなくても…」


いきなり声を掛けられ、耀泰の体は魚のようにビクッと跳ね思わず大きな声が漏れた。
そんな彼を見て困ったように微笑んだのは、閏の友人の和仁だった。


「こんな朝早くにわざわざ1組まで、どうしたんです?」

「えっ、あ!えっと…閏、来てないかなーなんて…」

「……閏は朝が弱いようで、いつも遅刻ギリギリに来てたんですよ。…あなたと付き合い始めてからです。いきなり早く来るようになって」

「……そうなの…?」


自分の知らない所で恋人が努力していたというのを知った耀泰は、何だか気恥ずかしい気持ちになった。
だが、だとしたらどうして今日はいないのだろう?と思い、耀泰は和仁に視線を送る。


「…嗚呼、閏の家が財閥なのは知ってますよね?」

「え?うん…」

「閏は財閥の後継者ですから、学校にはその…家の行事などに出席しなければならないような関係で、来れない日があるんですよ」


多分今日はそれだと思います
和仁はそう言い終えた。分かりやすく、簡潔に説明した和仁に耀泰は拍手を送りたくなった。
一通り話し終えた後、和仁は自分の隣の席に座った。耀泰に座ればと促せば、耀泰は申し訳なさそうに和仁の席に腰掛けた。
自分の席に座らせるのは多分和仁の優しさだろう。


「知らなかった……え、藤波は何でそんなこと知ってンの?」

「ふふ、秘密です」

「えっ何ソレ!?教えてくれたっていいじゃんか」


あはは、と二人が笑い合う声が教室に響いた。まだ他の生徒は来ていないみたいで、耀泰はもう一つの疑問を和仁に聞く。


「もー!…てか、何で藤波こんなに早いの?部活?」

「………集会の時、貴方寝てるでしょう」

「え!何で分かンの!?」


普段の己を当てられて──しかも1組と7組は一番遠いので見えることは無いので──耀泰は驚く。と同時に何でどうして、と楽しそうに無邪気に笑う。そんな耀泰を見て和仁は微笑んだ。


「私、生徒会長ですよ」


「………………………マジ?」

「ええ、嘘なんて吐きません」

「えっ?でも会長って…あの……眼鏡の先輩だろ!?」


ちなみに、耀泰曰わく眼鏡の先輩というのは前会長の3年佐々岡宗壱(ささおかしゅういち)のことだ。
潔癖症だった彼は、かつての乱れた校風を立て直した第一人者で、一年の時から生徒会長を勤めごく最近生徒会を去った超有名人だ。
その人並み外れた統率力、そして頭脳明晰、眉目秀麗。その高いカリスマ性から学校の外にまで途轍もない人気を博していた。
その後を継いだ和仁も人並み外れたカリスマ性を兼ね備え、前会長に認められた数少ない生徒の内の一人だ。
そんな有名人を、耀泰は名前さえ知らない。和仁はそんな、周りに流されない耀泰に興味を惹かれた。
狼狽えている耀泰に和仁はまた口を開く。


「それから閏は、副会長です」

「嘘!?俺そんなこと知らない!」


何で言わなかったンだ閏のバカー!
そう言いながら頬を膨らませる耀泰を見つめ、和仁は微笑む。和仁は、嗚呼これから少しは退屈しないで済みそうだと思っていた。今まではただ、時間を怠惰に貪っていただけなのだから。
これから彼の中学校生活は少し楽しくなりそうだ。
そんなことを考えている和仁とは裏腹に、実に表情豊か……いや、百面相をしている自由奔放な耀泰。そんな彼を見つめ、もう一つの悪戯を考えついた和仁はニヤリと笑えば付け出した。


「生徒会は遅くまで残らなければいけません。しかし閏は貴方と放課後一緒に帰っています。それは何故だと思いますか?」

「へ…?」

「閏が貴方のために、その日の仕事を放課後までに終わらせているからです」

「嘘、だってそンなこと一言も…」

「愛されてますねー」


噂をすれば何とやら。教室に不思議そうな顔をした閏が入ってきた。
閏が見た光景は、涼しい顔をして友人A──個人情報(面倒省略)なので伏せます──の席に座り微笑む和仁と。
顔を林檎のように真っ赤にして、閏に飛びついた耀泰だった。





優しい光

(柔らかい愛に触れた)

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