何かが、崩れた音がした
「悪ィ哉継、俺ちょっと約束あっから先に飯食ってていいぜ」
「おう」
アイツにしては珍しく、昼飯も食わないで"約束があるから"と授業が終わって早々に教室を出ていった。
「おい哉、お前今日は那優と一緒じゃねぇのかよ」
「あー、なんか約束あるんだとよ。てかお前には関係ねェだろバカしろの分際で」
声を掛けてきたコイツは赤城 智明(あかぎともあき)。茶色にワックスで無造作に出来上がった髪の、しかも口元はいつもヘラヘラしてる言わばチャラ男。同じクラスで耀泰以外に気軽に話せる──というか話しかけてくる──変わったヤツ。
ちなみにツッコミ属性。
「赤城だあ・か・ぎ!てか何分際って!いつからそんな難しい言葉使うようになったの!?」
「俺学年順位20位、お前196位。この差だろどう考えても」
コイツ、頭がすこぶる悪い。バカしろと呼んでもクラスの連中に、寧ろ先公にも伝わるぐらいバカだ。
「しょーがねーっしょ哉ちゃんよ!数学なくても人生やってけるよ!?」
「お前一学期の期末考査、数学まさかの8点だもんな。今度は20点ぐらいを期待してるぜ」
「ハードル高いです先生!!」
この返事を聞いてやはりバカだと思ったのは言わないでおこうか。
ただコイツにも一つ誇れるものがあった。……正直な所俺でも勝てないものだ。
「何だよ!前のテストで英語俺に負けたくせに!」
「当たり前だ、お前のあの点数は異常だぜ?何だよ英語だけ学年1位って」
「俺英語得意だもん」
「見りゃ分かんだよ。やっぱバカだなバカしろめ」
…英語だけは無駄に出来た。前に得意な理由を聞いてみたが、フィーリング?と一言(間抜けな顔して)返してきやがった。コイツ、絶対に第六感とか持っているに違いないと確信したのはここだけの秘密だ。
「バカバカ言うなよ!ったくもう…」
「ハイハイすいませんでしたー」
「……もうツッコミ入れねーぞ。てか那優遅くね?飯食ってねーハズだから早く帰ってくると思ったんだけど」
いつものやり取りがフェードアウトしていけば、唐突に赤城が耀泰の話題を口にした。
俺も正直気になってはいたし、特に最近は閏とよく一緒にいた気がする。俺は何だか落ち着かなかった。
「那優って可愛い顔してっから、誰かに告られたりして」
「はあ?冗談だろ」
「何言ってんの哉、他のクラスでも那優のこと狙ってんのたくさんいるんだぜー?」
ま、俺は違うけどー
間延びした言葉を聞き、俺はハッとした。多分今回の呼び出しも、誰かからの告白の為だと思っていた。ただいつもは昼飯を抜いたりなんてしないアイツが、昼飯も食わねぇで呼び出しに応じた。
もしかしたら耀泰は告白を受けるかもしれない。そうなったら俺は…?
そんな阿呆らしい考えが頭を掠めた。でも、俺は気付いたら屋上に向かっていた。
ちょっと、何処行くのさ!
と俺を引き止めようとする声がはるか後ろで聞こえた気がしたがそれを無視して、俺は綺麗に清掃された白い階段を駆け上がった。
重い屋上への扉を開いて最初に目に飛び込んできたのは、目の前に広がった青空。そして、
「耀、泰?」
黒髪の男と唇を重ねたアイツの姿。
「なんで……」
バン!と勢い良く扉が閉まれば、耀泰と男の視線が俺に集まる。俺は相手の顔を見た時、息が止まりそうになった。
「……やあ哉継、息切らしてどうしたの?」
「っ…閏………」
まさか従兄に好きな奴を攫れるなんて思ってもいなかった俺は、ただ言葉にならない声を漏らすだけだった。
「耀泰の相手は僕じゃ不満?」
「そんなつもりは」
「じゃあ、いいでしょ?僕ら付き合ったの、正式にね」
さっきから心臓の音がうるさい。頭の中はもう真っ白だ。しかも耀泰は気まずいのか俺を見ようとはしない。
悔しかった
ずっと側にいたのに、たかが一週間の付き合いのヤツに持っていかれるなんて思っても見なかった。
放心状態の俺に、閏は悪い笑みを浮かべながら俺に冷たく言い放った。
「君には渡さないよ」
俺は閏を見つめる余裕さえなく、申し訳なさそうに眉を顰める耀泰が視界の端に写った。閏に手を引かれ、そんな耀泰が段々と視界から消えた。
全て見えなくなる頃に後ろを振り返れば丁度、二人の背中を重い鉛色の扉が隠した所だった。
「…マジかよ」
呟いた俺の言葉はあまりに弱々しく、悔しさで涙が出そうになったが一応堪えた。溜息を吐き壁に身を預ければ、何故か上から声が降ってきた。
「見事に失恋しましたね菊陽」
「…何でテメェがここにいんだよ」
「うたた寝してたらいつの間にか昼休みだったんです。で、告白大会がスタートしてしまったと」
上から飛び降りた藤波は、パンパンと服に付いた埃を払い落とした。今のを、というか閏と耀泰の話を全て聞いていたであろうこの男は特に興味なさげに俺に言った。
「少し登場が遅過ぎましたね」
「……んなの分かってんだよ。お前やっぱりムカつく」
「何とでもどうぞ」
二人のいがみ合いは昼休み終了を告げるチャイムが鳴り始めるまで続いた。
零れ落ちた友愛
(自分が惨めで仕方無かった)
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哉継視点
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