それはきっと、好きだと言われることに小さな安らぎを感じたから




「悪ィ哉継、俺ちょっと約束あっから先に飯食ってていいぜ」

「おう」


昼休みはいつも、哉継と学食で飯を食うのが日課だった。ただ今日は、昨日した閏との約束があるため俺は一人で屋上に向かった。
昼飯を食ってからでも良かったんだろうが、腹も減っていなかったので結局食べずに行った。


「……」

「あ、早いね耀泰くん」

「閏…」


重いドアを開ければ、青空が目の前に広がった。高いフェンスの前には、下を眺めている閏が佇んでいた。ふと視線が絡んで、閏は俺にニコッと笑い掛けた。
ドアから手を離せば、バン!と凄い音がしてドアが閉まったものだから、俺は肩をビクッとさせて驚いた。そんな俺を見て閏はクスクスと笑った。


「耀泰くん、驚きすぎ」

「べ、別にいいだろ!ホントにびっくりしたンだから!」

「あはは、やっぱり可愛いー」

「そんなコト言われても嬉しくねェ」


顔を真っ赤にして怒ってみたけれど、それが恐い訳がなく閏はまた笑った。何だか少し腹が立って閏の頭を小突いてやった。
高いフェンスに背中を預けた俺は、またにこにこと微笑んでいる閏を見つめた。なかなか話を切り出さない閏に痺れを切らした俺は、問う。


「…話って何だよ?」

「うん、ちょっとね」


目を伏せ、少々元気の無くなった閏を見て俺は少し慌てた。
まだ聞いちゃ不味かったのか?
そう思いつつ、俺は閏の言葉を待った。話す内容がどうであれ、俺は待とうと思った。
暫し沈黙が俺たちを包んでいた。1分、いや30秒か。兎に角長い時間が過ぎた。不意に、閏が俺を見た。


「あのね、」

「………うん」

「僕、君のこと好きだよ」


時が止まった気がした。
今コイツ何て言った?え、好き?誰が誰を好きだって?
頭の中には疑問符ばかりが浮かんで、やっと絞り出した言葉は文にならなかった。


「……え?」

「実は、入学式の時姿を見掛けてから好きだったんだ。所謂一目惚れ?」

「何、は?だって俺、この前閏に会ったのが初めてだったし…!」


混乱しすぎて何が何だか分からなくなった。俺を好き?どうして?何で俺なの?そんな疑問が俺の頭の中をぐるぐると回っていた。
俯いた俺の視界に閏の足が映った。慌てて顔を上げればすぐ目の前に閏の整った顔があって、俺は何だか恥ずかしくなってまた顔を逸らした。


「ねえ耀泰くん、僕は本気だよ?」

「っ…!」

「ちゃんとこっちを見て」


そう言って俺の顔を正面に向かせた閏は俺の体をフェンスに押し付けた。密着する閏に俺は困惑した表情を向けた。すると閏は悪い笑みを浮かべ、俺の耳元でわざとらしく囁く。


「顔真っ赤だよ…男に触られるのってそんなに恥ずかしい?」

「やっ…ちが…!」

「嘘つき」


耳まで赤くなるのが分かる。恥ずかしくて閏の肩を押すけど、体格の差は大きい。華奢で背の低い俺と背が高くて細身だけど筋肉の付いた逞しい体の閏。力の差は歴然だった。
それでも抵抗していないと自分が駄目になってしまいそうで恐かった俺は、抵抗を止めなかった。


「好きだ、耀泰」

「っえ…」

「後悔なんてさせないから」


ふと閏の顔を見れば、真剣そのもので。でもとても苦しそうな顔をしていた。そんな閏を見て俺も、何だか心臓がぎゅーっと締め付けられているみたいに苦しくなった。
それに名前を呼び捨てで呼ばれたことが無かったから、それに対しても驚いた。そして俺は何を言うことが出来なかった。


「耀泰」

「……!」

「僕と付き合って」


抱きしめられた。きつく、きつく。もう離さないとでも言わんばかりに。俺はただされるがままになっていた。


「──……閏。俺、お前のこと何も知らねェ」

「うん」

「男と付き合ったことねェから、多分お前をしょっちゅう傷付けると思う」

「……うん」

「正直な所、今俺は閏のこと好きなのか分かんねェんだよ」


知らない内に閏に対しての今の気持ちをぶつけた。好きな相手からこんなことを聞かされるのは辛い筈なのに、閏は優しく微笑んでくれた。俺はその微笑みにとても安堵していた。何故だかは分からない。
ただ、嫌われていないんだと実感出来て俺は嬉しかったんだと思う。


「じゃあ耀泰は、僕のこと嫌い?」

「へ?あ、えっと…別に嫌いじゃないけど…」

「良かった」


抱きしめていた腕を解き俺の肩に手を置いた閏は、俺を真っ直ぐ見つめた。そして、僕のことはこれから知っていけばいいと、そう言った。


「好きだよ、君だけなんだ」

「あ……」

「僕と付き合って下さい」


それはほぼ無意識だった。
その時また、頬を優しい秋風が撫でた。きっと風に流される木の葉は俺のようだと、神様は笑うだろう。閏にも悪かったと思う。けど俺は自分の煩悩には勝てなかった。

小さく頷けば
閏の唇が俺の口を塞いだ。





違いなんて
解らなかった

(それはまだ僕らが子供だったから)

──────────

耀泰視点





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