それはきっと、何かが崩れた音




「なあ悪かったって、あんなんただの冗談だろ?」

「うるさい!こっち来ンな!」


次の日、哉継と顔を合わせるや否や口喧嘩を始めていた俺は昨日のアレ(キス)に対して怒りが治まっていなかった。思い出しただけで腹が立って恥ずかしくて堪らなかった。


「ゴリラに俺の気持ちが分かってたまるか!!」

「……まさかお前」


昨日のアレ、初めてか?
耳元で囁かれてカッと顔が熱くなるのが分かった。哉継は楽しそうに口元に笑みを浮かべ、俺はそんなムカつく態度を取る哉継を睨み付けた。


「…初めてだよ、初めてで悪かったな!俺のファーストキス返せコラァア!!」

「女みてぇなこと言うなよ。ま、ご馳走さん」

「お前なんか車に跳ねられて死んでしまえ変態ゴリラめッ!」

「やけにリアルだなソレ」


はは、と小馬鹿にしたように笑い俺の頭をガシガシと撫でた哉継は無駄に上機嫌で、そんな哉継を見れば俺の怒りはいつしかフェードアウトしていった。
勿論俺のファーストキスの相手がこんな変態ゴリラだなんて認めたくなかったから、頭に一発お見舞いしてやったが。


「ってー、何しやがんだバカヤロー」

「ムカついたから」

「…あっそ」


はあ、と溜息を吐いた哉継を俺はまた睨み付けた。──こっちが溜息吐きてェよ──ふと頭を掠めた言葉を俺は飲み込んだ。
気を紛らわす為に俺は意味もなく近くの椅子に腰掛け髪を弄っていた。


「あ、そういや哉継」

「何だ?」

「眼鏡で、髪が少し長くて、この学校では珍しく品の良さそうな顔したヤツ知ってる?」


ふと、あのときの彼を思い出して哉継に聞いてみた。結局あの後彼に会うことは出来ず、拾ったロザリオは俺のブレザーの右ポケットに入ったままだった。
哉継は少し考え込むような仕草をした後、座っていた俺の顔を覗き込みながら俺に言った。


「……知ってるけど、何だよ。お前アイツと知り合いか?」

「え…いや、別に知り合いって訳じゃないけど…」


気のせいかもしれないけれど、哉継の目が鋭くなって心なしか怒っているように見えた。普段滅多に怒らない哉継がこんな風になる所は見たことが無かった俺は、そんな哉継を怖いと思った。


「で、アイツの何が知りてぇんだ?」

「えっ…と…どこのクラスだとか、名前…とか?」

「……名前は藤波和仁、クラスは2−1。俺たち7組から一番遠いクラスだぜ」


やっぱり機嫌が悪いような哉継は、彼の名前を素っ気なく言うと近くにあった椅子に腰掛けた。
恐る恐る哉継の顔を見れば、不意に視線が絡んだ。でもすぐにそれは外されて哉継が舌打ちをした音が異様に響いた。


「その…哉継は、藤波ってヤツと仲悪ィのか?」

「……別に」

「答えになってねェし…」


まるで玩具を買ってもらえなくて駄々をこねる子供のようにふてくされている哉継に俺は溜息を吐いた。




それから数日が経過し、俺は未だにロザリオを持ったままだった。前回返そうと思いながらそのままになってしまい、結局返せずにいたのだ。


「どうしよう……」


机に頬杖をついて、ポケットから彼のロザリオを取り出した。机の上に置いて指でつついてみたが、特に何かしたいのかと言われればそうでもない。ふと、
あの藤波ってヤツ、笑ったらきっと格好良いんだろうな……
そんなことを思いながら俺は太陽の光が反射して輝くロザリオを眺めていた。


「耀泰くん?何してるのー」

「えっ!?な、何でもねェ!」


特にやましいことをしていた訳ではないけれど、考えていたことがことなだけに心臓が止まるぐらい閏の登場に驚いた。
咄嗟(とっさ)に置いてあったロザリオをポケットの中に押し込んでいたのは、多分条件反射だと思う。


「あはは、驚き過ぎだよ」

「お前がいきなり話掛けてくるからいけねェんだよ…」

「ごめんごめん」


可笑しそうにクスクスと笑う閏とは、藤波と会ったあの日から仲良くなった。言葉を交わしてみればなかなか面白いヤツで、人懐っこい性格が俺を惹きつけた。それは勿論友人という意味で、他意はない。
俺はそう思っているのだが、閏はなんだか違う気がする。


「相変わらず耀泰くんって抱き心地最高だねー」

「ばっ…何処触ってンだよ!?」

「太股?」

「死ね!」


……そう、無駄にスキンシップが多いのだ。コイツなりの友人に対する態度なのだと思うようにはしているが、可笑しいと思う。
その証拠に、すでに同学年の連中にあの二人は付き合っているのではないかと言う、根も葉もない噂が広がってしまっていた。


「耀泰くん」

「……何だよ」


そう言って後ろを振り向けば、いつになく真剣な面持ちの閏がいて。そんな閏を見て珍しいな、なんて呑気なことを考えていた俺は馬鹿だ。それは後になって気付くのだが。


「明日の昼休みでいいからさ、ちょっと話があるから屋上に来て」

「は?今でもいいだろ、何でわざわざ……」

「いいから」


有無を言わせない閏の強い言葉に、俺は言おうとした言葉を飲み込んだ。





嵐の前の静けさ

(静寂に響いたのは誰の声?)

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耀泰視点





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