とても臆病だったから、私は彼女を救えなかったんだと言い聞かせた




「……最近機嫌がいいですね、閏」

「そう?いつもと変わらないよ、僕」

「いいえ。いつもより表情が明るい、何かいいことでもありましたか?」


そう問えば、話に出てくるのは"耀泰"という名の男の話。私の前で、可愛いだの何だのと騒いでいる閏は終始楽しそうだ。
しかし閏は人とあまり関わらない質の人間だったので、私は少しその"耀泰"という彼に興味を持った。
閏は"耀泰"のことを一通り話せば、思い出したように次の時間のことを口にした。


「あ、次って佐藤先生の授業だけど…カズはサボる?」

「嗚呼……そうします、先生には適当に言っておいて下さい」

「了解ー」


私は椅子から立ち上がり、サボる為に屋上に向かった。正直言うとサボるのは久しぶりだ。屋上に向かう階段を上りながら、そんなどうでも良いことを考えていた。

屋上に着けば、清々しいほどの青空が広がった。先客はいない。私は一番空に近い場所に寝転んだ。
今日は10月にしては暖かく、いつの間にか私の瞼は重くなって、澄み切った青空は段々と視界の端に消えていった。


──────────


『和兄、私もう駄目みたい』

「……瑠華…?」


目を開ければ、目の前にはいるはずの無い彼女がいて。ずっと妹のように可愛がってきた一つ年下の従兄弟。
彼女の長い艶やかな髪は風になびき、大きな愛らしい瞳から涙が溢れていた。


『私もう、あんな学校なんて行きたくないわ』

「何を…瑠華…?」


突然彼女から飛び出した脈絡のない言葉に私は目を丸くした。
学校?彼女は虐めにでもあっていたのだろうか?どうして?彼女は誰よりも優しい子だったのに
私の頭の中にはその程度の陳腐な考えしか浮かばず、そんな言葉だけが頭の中で回っていた。ふと、彼女を見れば、彼女は笑っていた。悲しそうに。


『ごめんなさい和兄。でもこれしか無いの』

「待って下さい瑠華!」

『───…さよなら、大好きな和兄』


そう言って優しく微笑めば、彼女の体は屋上から飛んだ。それはまるで、鳥が翼を広げて旅立つように。そして、落ちていった。
世界が、止まった気がした。
私が懸命に伸ばした手は彼女に届かず、虚しく空を掴んだ。


「…………!!」


声にならない悲鳴を上げ、私は急いで屋上の階段を掛け降りた。途中ですれ違う医師に廊下を走るなと注意されたが、聞こえなかった。
外に出ていけば、耳をつんざくような叫び声が病院に木霊した。叫び声を聞きつけた人々が彼女の冷たくなった体の周りに集まっていった。


『大変よ!女の子が!』

『自殺だって!?まさか!』

『急いで担架を持ってきて!!』


たくさんの足音、人の叫び声、怒鳴り声。頭が割れるほどの音が一気に耳に流れ込んだ。耳を塞ぎたくなるほどの騒音だ。
多くの人々が彼女の周りを取り囲んだ。不意に、その隙間から彼女と目が合った。──死んでいるので目が合うという表現には些か語弊があるかもしれないが──瞬間、世界から音が消えた。


「──…瑠華!!」


人混みを掻き分け、私は血塗れになった彼女を抱き抱えた。腕は力無く地面に落ち、その腕を伝い瑠華の体からは真っ赤な鮮血が滴り落ちていた。
何度も名前を呼んだ。でも答えてなどくれなかった。


「瑠華!瑠華!!返事をして下さい瑠華…!」


可笑しくなるくらい、私は泣いた。泣き叫んだ。周りの目なんか気にならなかった。寧ろ気にする余裕など無かった。


──────────


「──…っ!」


勢い良く起きあがれば、学園のグラウンドを見下ろしていた。
嗚呼、今のは夢か
そう心の中で呟き、何て悪夢だと悪態を吐いた。丁度三ヶ月前だったか、彼女が私の目の前で死んだのは。


「…話って何だよ?」

「うん、ちょっとね」


ふと、そんな会話が下で聞こえた。私は一時思考回路を遮断して聞き耳を立てた。よく聞いてみれば片方は友人の閏のものではないか。
驚く私をそっちのけで──気付いていないのだから当たり前だが──閏は話を進めた。


「あのね、」

「………うん」

「僕、君のこと好きだよ」


確かにそのとき何処からか木の葉が飛んできて、頬を優しい秋風が撫でた。





彼女の記憶

(夢に見たのは彼女の最期)

──────────

和仁視点





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