優男と人魚の冷たい過去
始まりは些細な事でしかなかった
「和仁、また女の子と遊んでたの?」
「………閏」
じゅん、と呼ばれた彼は、椅子に座り携帯を眺め溜息を吐く和仁を、後ろから覗き込む形で立っていた。
「…僕ね、中学入ってからずっと和仁を見てきたよ。君なら僕のやりたい事、やり遂げてくれるんじゃないのかなぁって」
「……それで」
「僕は間違ってたみたい、君には何も見出せなかった」
一年、無駄にしちゃった
そう言って彼はただ静かに微笑んだ。和仁はそれに何を言うわけでもなく、ただ冷たい携帯の画面を見つめていた。
「教会でも行ってみれば、その女癖治るかもよ?」
「失礼な、私は来るもの拒まず去るもの追わずの精神で彼女たちの相手をしているだけですよ。これは私が自発的にやっていることではありません」
「それそれ、その理屈っぽい性格も治るかもよ」
彼は和仁に、自分の持っていた聖書と小さなロザリオを渡し立ち上がった。和仁は彼に受け取ったものをまた押し付けるが、それなら、と言って聖書のみを受けとり、ロザリオのみを渡してその場を離れた。残された和仁は普段と変わらない友人の背中をいつまでも見つめていた。
「…また喧嘩してきたのかよ、耀泰」
「哉継には関係ねェだろ」
かなつぐ、と呼んだ大男を、耀泰はうんざりした風に睨み付けた。そんな耀泰の整った顔やか細い腕には、陶器のような白い肌に痛々しい傷が目立っている。
哉継はそんな彼を見て大きな溜息を吐いた。
「耀泰、いつになったら無事に生活出来んの、お前バカかそうなのか」
「ちょ…何でそうなンだよこのゴリラめっ!」
「ゴリラとは何だ、押し倒すぞバカヤロー」
「変態!痴漢!俺襲われる!!」
こんな二人の掛け合いはいつものことで、周りにいたクラスメート達もそれを笑いながら傍観していた。和気藹々という雰囲気が溢れていたクラスに先程和仁と話していた閏が入ってきた。
「ん?…ああ、閏じゃん久し振り」
「うん、カナちゃん久しぶりー」
楽しそうに話す二人を見て、物珍しさを感じた耀泰は哉継に問いただした。哉継と話す閏と呼ばれた彼は、どちらかと言うと優等生タイプ。哉継や耀泰のような不良タイプとはつるまないだろう空気を纏っていた。
それを疑問に感じたのは耀泰のみでは無かったが。
「…ソイツ誰だよ?」
「俺の従兄弟、でもってコイツの方が年上だから兄貴」
「どーもー」
「………マジ…?」
全く毛色の違う彼らに血の繋がりがあることに耀泰は驚きを隠せなかった。
有り得ないとでも言いたげに目を丸くする耀泰に哉継は微笑んだ。だが、そんな彼から飛び出した次の一言に耀泰と周囲の傍観者たちは思わず息を呑んだ。
「そんな可愛い顔してると食っちまうぞ耀泰」
「………え?」
軽いリップ音が響けば、呆気に取られ目をぱちくりさせる傍観者たち。そして満足そうに微笑む哉継とその傍らで声を殺し腹を抱えて笑っている閏の姿があった。
耀泰も最初は傍観者たちと同じ反応をしていたのだが、見る見るうちに顔は茹で蛸のように真っ赤になり、羞恥からか哉継を思い切り投げ飛ばしていた。
「っいきなり何しやがるこの…っ!」
「死ね変態!!お前なんか絶交だ絶交っ!」
ドタバタと未だに顔を真っ赤にしながら教室から逃げていく耀泰に、しまったというような顔をして頭を掻いた哉継。そんな彼を横目に閏は静かに呟いた。
「…結構可愛いかも」
彼の小さな呟きはクラスの傍観者(主にミーハーたち)の悲鳴によってかき消された。
「何だよもうっ…哉継の馬鹿!」
耀泰は未だに怒りやら羞恥やらは治まらず、訳の分からない苛立ちを感じながら廊下を小走りで走っていた。下を向いていた為目の前から来る人物に気付きもせずに。
「いきなりあんなことするなんっ……ぶっ!!」
「っ…た…何なんですか…ちゃんと前見て歩いて下さいよ」
明らかに自分より背の高い、それでも哉継のように厳つい顔をしている訳でも、ゴツい体をしている訳でもない。この男子校には珍しく品の良さそうな男が耀泰の目に飛び込んできた。
そんな彼に呆然とする耀泰を不思議に思ったのか、彼は耀泰の顔を覗き込み問いかけた。
「……聞いてますか?」
「えっ!?あ、ご、ごめん!」
「?」
ぼーっとしていた、というより見惚れていたの方が正しい。そんな耀泰にいきなりの彼のドアップはキツかった。
耀泰の心臓は有り得ないくらいに暴れ出し、一気に顔に熱が孕んでいくのがわかり余計に恥ずかしかった。
「どこか怪我は?足を挫いたとか」
「へ?え、あ、だっ大丈夫…」
「そうですか」
耀泰のそんな様子には目もくれずに──気が付かなかったと言った方が正しいが──それだけ問うと彼は去っていった。
ポカンとしながら名前も分からない彼の背中を見つめる耀泰の足下には、先程ぶつかった時の衝撃で彼が落としたであろうソレが寂しそうに転がっていた。
「…何だコレ……ロザリオ?」
耀泰が拾ったソレは、それ程大きくもない、手の平に収まる程度の十字架だった。慌てて彼を呼び止めようとするが、もう彼の姿はどこにも無かった。
見た所キリスト信者…という感じはしなかった彼だが、人は見かけに因らない。高級そうだし、きっと大切な物に違いない。そう思った耀泰は、名前も知らない彼の落とし物を大切に握り締めるのだった。
神に祈る
(この高ぶる気持ちはまだ神にしか分からない)
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第三話、耀泰くん総受けフラグ←