伝わりますように、


「和仁…」


ぼそっと、自分の想い人の名を呟いてみる。途端に、そんな女々しい自分が何だか無性に恥ずかしくて、俯いた。
今日はバレンタイン。何処かの国の、愛の宣教師とやらが亡くなった日。彼が亡くなったことを悼み、この日を恋人の日と定めたらしい。
まあ今の日本では、自分の想い人にチョコレート(恐らく製菓会社の巧妙な戦略だ)を渡し、想いの丈を告白する…みたいな、特に思春期の青年たちにとってのビッグイベントだ。
かくいう私も、そんな製菓会社に踊らされている内の一人だが。


「よーみー!」

「わぁああっ」

「……何そンなにビビってンの?」

「べ、別になんでもありません!」


悶々と考えていた私は近付いてくる金髪の彼に気付けなくて、思っていた以上に情けない悲鳴が漏れた。
彼の手には少し大きめの紙袋が抱えられている。恐らくチョコを貰ったのだろう。心なしかキラキラしている彼を見て、私は溜息を吐いた。


「ちょっとォ、人の顔見て溜息吐かないでよねェ」

「すみません」

「ま、イイけどー。てかそれ、カズにあげるんでしょ?早く渡して来な、タイミング逃しちゃったら終わりだよ?」

「な、!!」


彼に反論しようと口を開きかけて、私は固まった。廊下の向こうから、それこそまだ距離はあったけれど、大好きなあの人が歩いてくるのが見える。
彼はそれを見て、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて私に耳打ちした。


「ガンバッテ、よーみ」

「〜〜〜っ!」


茶化すような言い方をする彼に羞恥心が煽られて、反論しようにもパクパクと口が動くだけで声は出なかった。ヒラヒラと手を振る彼を私は睨み付ける。
そんな私に、遂にあの人が声を掛けた。


「夜美?」

「ひゃあっ!?」

「何をそんなに驚いているんですか…?」

「あ、あっ、和仁…!」


あの人が、大好きな和仁が訝しげに私を見つめている。和仁の瞳の奥に私が映った。二人分の息が絡み合って、何だか変な気分になる。
私は慌てて顔を反らした。


「…チョコ、私にくれないんですか」

「へっ?」

「それ、」

「あ」


和仁が指差したのは、昨日徹夜して作ったチョコレート。勿論本命用だし、ていうか和仁にしかチョコレートあげないし。いろんなことを考えている内に、手に持っていたそのチョコレートを私はきゅっと握った。
和仁と目が合わせられなくて、怖いわけではないのに、何故か緊張して体がカタカタと微かに震える。
心配そうに私に触れる和仁に、私は泣きそうになった。


「か、ずひと…」

「…はい」

「う…受け取ってください…!」


勇気を出して、和仁にチョコレートを差し出した。和仁は何も言わずに受け取ってくれた。それから、私に蕩けるようなキスをした。


「んっ…あ、和仁…」

「愛してますよ…」

「ひゃ…っん!」


廊下の冷たい壁に押し付けられて、私は思わず声を上げる。お互いの体が密着した。和仁の深紅の瞳に見つめられて、私の心臓は恥ずかしいくらいにドキドキした。
段々頭がぼうっとして、何も考えられなくなる。和仁の熱い舌が、指が、私の体を這った。


「あ、はあっ…ん…」

「可愛いですよ、夜美…」

「ひっ…あ…あっん…!」


低くて柔らかくて男らしい声が、私の耳の鼓膜を揺らす。それだけで、私はどうにかなってしまいそうになる。頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。


「興奮してるんですか…珍しいですね?」

「ふ、あ…あっ…ちが…!」

「こんなにいやらしく腰を振って私を誘っているのに?…嘘はいけませんね…」

「んあ…言っちゃ…や…っ!」


火照った肌が、外気に触れた。二月、外は雪が降っているし、凍てつくような寒さに体が悲鳴を上げると思った。けれど、違った。寧ろ、火照った体がじわじわと冷めていく感覚が心地よかった。
冷たくなった指で和仁の顔を触ってみる。少し驚いた顔をした和仁だったけれど、すぐに微笑んだ。


「気持ちいい…?」

「…ええ…冷たくて、温めたくなりますね…」


私の指と和仁の指が絡まる。和仁の体温がダイレクトに伝わってきて、冷めたはずの体がまた熱を持った。
そしてまた、今度は激しく、蕩けるようなキスをした。



官能的洋菓子
(絡み合う熱が、二人の絆を強くした)

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藤波 和仁×暁 夜美
激甘微裏。
バレンタイン、関係ないとは、言わせない。
字余り、お粗末様でした←





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