あなたのためなら、


「けほっ、けほっ」

「……風邪ですか夜美?」

「ん…大したことないとは思うんですけど…」


苦しそうに息をする夜美に会ったのは放課後だった。一緒に帰っているとき、熱いのか頬を赤らめ、肩を上下させて息をする彼に私は思わず生唾を飲み込んだ。
辛そうにしている夜美はどうしても情事中の姿と被ってしまい、私は頭を抱える。


「夜美、家まで送りますよ」

「う、ん…ありがと……」


夜美はついに歩いているのも辛くなったのか、私に凭れ掛かる。それを受け止めつつ、私は自分の中に渦巻く良からぬ高まりを懸命に沈めていた。


「夜美、着きましたよ。お母様を呼んで…」

「今日は…っ母さんと…父さん…いない……けほっ」

「え?誰もいないんですか?」

「…うん……」


これは何のフラグだろうか
辛そうに眉を顰める夜美を見ながら、私は心の中では不謹慎なガッツポーズをしていた。我ながら最低だ。

とりあえず家の中に入ると、気が抜けてしまったのか夜美はへなへなと座り込んでしまった。頬は真っ赤で、額に手をやると相当熱いことが分かる。苦しそうに私を見つめる夜美に、私は沸き上がる色々な欲望をまた懸命に抑えつけて、彼をお姫様だっこして部屋に連れていった。


「ぁ…っはぁっ…」

「酷い熱ですね…取り敢えず服を着替えないと」

「あ…自分、で…やる……」

「……」


切なそうに目を伏せ、服を脱ぎ出す夜美もまた一層艶っぽかった。そんな彼は、私の茹で上がった脳内ではもう誘っているようにしか見えない。ああもう、蛇の生殺しにも程がある。
私が何を考えているかわからない夜美は、ベッドに腰掛けている私に擦り寄ってきた。


「夜美?」

「かずひと…あったかい……」

「っ!」


いつの間に脱いだのか、彼はYシャツ一枚になっていた。心なしか呂律も回っていないし、とにかく、エロい。


「ふく、これもぬぐ…?」

「ちょっ、待ってください夜美!これ以上は私の理性がっ」

「あたまぼーってする…あちゅい……」

「わー!わー!!」


ボタンをプチプチと外し出す夜美を慌てて止めた。が、うるうるした目で見つめられ、しかも慌てている私を見て小首を傾げる仕草に、私の心臓は爆発しそうだ。色んな意味で。
しかし今日の私は頑張った。夜美に嫌われることは絶対に避けたいが故に。風邪をひいている時に襲ったなんて知れたら夜美に軽蔑されるし。那優とかに弄られるし。


「うー…かじゅ…」

「何ですか」

「かじゅ…よみのこときりゃい…?」

「嫌いな訳ないじゃないですか、大好きですよ」

「えへへ……わたしもしゅき……」


くそう、可愛すぎる。
とか思っている間にスウスウ、と規則正しい寝息が聞こえてきた。夜美は寝てしまったようだ。しかしYシャツ一枚は流石にまずい(特にお父様に見つかったらヤバい)ので、適当なパジャマを引っ張り出して着替えさせた。思っていた以上にストレスが溜まる行為に、私は溜息を吐く。夜美を寝かし付け、私はベッドに腰掛けた。

汗で張り付いている彼の髪を撫で、汗が吹き出している彼の額を拭った。
唇は少しの熱っぽさを孕んだ息を吐き出す。その唇を見つめ、私は彼に触れることが出来ないもどかしさを嘆いた。
不意に、目をぼんやりと開けた夜美は私の名を呼んだ。


「ん……かずひと…いる…?」

「いますよ、側にいますから、安心して眠ってください」

「うん……」


嬉しそうに笑う夜美に、私も微笑んだ。額にキスをしてやれば、安心したようにまた、彼は目蓋を閉じる。


「夜美………」


例えば今、あなたのために禁欲している私は、それだけあなたを想っているということで。
例えば今、ウィルスに侵されたあなたが安心出来るようにとあなたの傍らに寄り添う私は、それだけあなたを愛しているということで。


「…早く、治りますように」


例えば今、あなたを苦しめるウィルスが早く無くなるようにとあなたに口付ける私は、それだけあなたのためにこの身を捧げることが出来るということで。

二人がいる部屋には、チュ、と甘いリップ音が響いた。



触れない愛情
(大切だから、触れられない)

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藤波 和仁×暁 夜美
激甘。
風邪ネタが書きたくて…この後はお約束で、和くんが風邪をひくでしょう。続編書けたらいいなー





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