女の子と間違われることが嫌だった
「夜美」
「あ、和仁」
「一緒に帰りましょう」
「うんっ」
こんな短い会話でも幸せを感じてしまう私は、本当に和仁が大好きなんだと実感する。
微笑みながら然り気無く私の手を取る和仁の大きな手が、優しくて逞しくて、好きだ。
嬉しくなって握り返したら、和仁はまた優しく笑ってくれた。
「そう言えば夜美、今日の夜近くの神社でお祭りがあるでしょう?」
「うん」
「最近忙しくてまともにデートも出来ませんでしたから、一緒にどうですか?」
そう言われて、一瞬思考が停止した。目をぱちぱちさせて和仁を見て、嬉しくて跳び跳ねそうになる。
「へ、あっ!」
「…嫌ですか?」
「う、ううん!行く!行きますっ!」
「良かった」
和仁もまた嬉しそうに笑う。そんな彼を見るのが嬉しくて、私も笑った。
「………どうしよう…」
家まで和仁に送ってもらい、6時頃迎えにくるから、と言って帰っていく和仁を見送った。しかし問題はそこからだった。
久々の、しかもかなり人目に付く場所でのデート。女の子と間違われることがコンプレックスの私にとって、周囲の目があるということはそれだけで障害になり得るのだ。
何を着ていくのかに悩んでいると、ふと母さんが部屋のドアをノックした。
「よーみー、いいものあるからこっち来なさーい」
「へ?あ、はーい」
「じゃじゃーんっ!」
「……………」
ドアを開けると、そこには仕事帰りなのだろう、スーツを着た母の姿。しかしその手には明らかに不釣り合いなものが抱き抱えられている。
「私が着付けてあげるから、さあさあ!」
「ちょっ…母さん…」
「藤波くんとデートなんでしょ!?ならその可愛さを全面に押し出すべきよ!あの人に見つからないうちに早く!」
「や、ちょ………っ!!」
その後、結局流されてしまった私は母さんが押した金魚の絵が描かれた黒い浴衣(女物)を身に纏っていた。
母さんは何故か和仁絡みの会話になると興奮するのだが、その理由はいつになっても話してくれない。
「可愛いわ、流石私の息子。これでそこらの男共なんてイチコロね!」
「はぁ……」
きゃっきゃっと嬉しそうに話す母さんを横目に自分の姿を鏡に映した。
その鏡に映っていたのは自分の筈なのに、なのにどう見ても女の子で。
私は少しの劣等感を覚えていた。
すると玄関のインターホンがなる。慌てて時計を見ればもう約束の時間になっていた。
「あら、いらっしゃい藤波君!相変わらずの色男ねー」
「ちょ…母さんっ!」
いつの間にやら玄関で和仁を出迎えている母さんを慌てて止めようと、玄関に向かう。
玄関の所に立っていたのは、紺色で藤の模様が描かれた浴衣を身に纏った大好きな人。
いつもと違い長めの髪を下ろし、胸元は少し着崩されていて大きめに開いている。それがまさに男の色気って感じで、取り敢えず、見惚れた。
「…夜美、それは…」
「……え、あ!えっと、その…」
「可愛いでしょう?私の仕立てなのよー!」
恥ずかしいやら何やらが込み上げてきて、思わず俯いた。母さんの言葉に余計追い討ちを掛けられて、きっと和仁は私のこと、変だって思っているに違いない。なんて考える。
少しの沈黙を破ったのは和仁だった。ぽつり、ぽつりと紡いだその言葉は、声は、綿飴みたいに甘ったるくて。
「…ええ、凄く、可愛い」
「…!」
優しく微笑む彼に、私の手を引き威風堂々と人前を歩く彼に、ふと見せる小さな仕草に、心を奪われる。
私はその日だけ、女の子になってもいい気がした。
「夜美」
「ん?」
「また来年も来ましょうね、必ず」
「……うん」
抱き締められたとき感じたのは大好きなあなたの心地好い音楽。
確かにあなたがここにいて、生きているという音色。
「大好き」
「ええ、知ってます」
和仁の隣にいられるなら、女の子だと言われてもいいんだ。
夏色恋歌
(二つの影はいつまでも寄り添っていた)
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藤波 和仁×暁 夜美
途中から文の書き方が変わった←
夜美のママさん初登場です。ママさんは(×婦→○腐)女子なんだと言い張ってみる。
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