ほんの小さな、出逢いと別れ
それは、春の訪れを感じさせる淡い桃色の雪が降る家への帰り道の出来事。
「…はぁ、」
今日も私は、自分の携帯電話を見つめ溜息を一つ。
メールを開くと友人からの誘いのものばかり、そんな気になれない私は適当に返事を返して赤くなった空を見つめながら寂しい道を歩いていた。
「ん?」
道端に、段ボール箱が一つ
「………」
私は何となくその箱の前に足を止めてみた、その時は別に何を思う訳ではなく、ただ"その場にある筈のないもの"に私は少しの興味を持った。
「…?」
かたかた、否、がりがり、とでも言うのだろうか、箱の中から引っ掻くような音が聞こえてきた。
少し…いやとても驚いたが考え込んだ後、私は箱を開けた。中には、
『ミャア』
「……………猫?」
猫が入っていました。
私はそういった…、例えば子犬とか、ああもう、兎に角もこもこ…ふわふわしているものが好きで。
家にももう数匹、私が(捨てられずに)拾ってきた犬や猫がいる。
もう拾ってくるなと兄に言いつけられてはいるのだが…やはりどうしても、こういった状況になると
『ニャア、ニャー』
「………」
か わ い い !
猫は特に大好きな私は、少しそこで硬直(段ボール箱を見つめたまま)
でも連れ帰る訳にも行かなくて、どうしようかを悶々と考えていると
「和仁…?」
「へ…?……夜美?」
か わ い い !
じゃない、何故此処に。段ボール箱の前で(しかもしゃがみこんで)、中にいる猫を見つめる私に不思議そうな視線を送る夜美がいた。
「和仁何してるんですか?そんな所で………あっ」
猫、いたんですか…
そう言って私の横にしゃがみ込む夜美は何だか嬉しそうで。
猫とじゃれるようにして手を伸ばす彼が気になって、彼の横顔を見つめていた私は、茜色だった空がどんよりとした曇り空になっている事に気がついた。
「夜美、時間は大丈夫なんですか?雲行きが怪しく……」
私の言葉を遮るように夜美は呟く。
「この猫、どうするの…?」
普段敬語でしか話をしない夜美が、急に普通に話し始めた事に驚く。ただそれ以上に、今までみた事がないようなすごく悲しそうな顔をする彼に私はドキッとした。
「夜美…私は」
飼えない、そう言おうとした…筈だったのに、開きかけた唇を私は固く結んでしまう。夜美の、彼の、あの瞳に…見つめられると何も、何も言えなかった。
「…和仁、無理しちゃ駄目です」
「夜美…?」
「その猫、私が貰ってもいいですか…?」
父さんが、猫…嫌いだから飼えるかどうか分からないけど…、と言って力無く笑う夜美に私は胸が痛む。そしてそんな私に夜美は一つ、言葉を付け加えた。
「和仁…もしこの猫(こ)が飼えなかったら、和仁が貰ってくれますか?」
「…ですが」
「お願い、です…この猫は、出来るだけ飼えるように頼んでみます…でも駄目だったら」
またこの猫は一人ぼっちになっちゃうんです……
俯きながらそう呟く夜美は、顔は見えないが声は震えていて、泣いているんですか、夜美?そう聞くと、
泣いてなんかいません、と強気な事を言ってはいるが一生懸命嗚咽を抑えている事が分かっていて。夜美のひたむきなそれに私は折れた。
「……わかりました」
今既に数匹いますからね、」
「ありがとう和仁っ!」
夜美は嬉しそうに少しぼさぼさした毛の品のある子猫を抱きかかえた
私ずーっと、猫飼ってみたかったんです!
と、嬉しそうに話す夜美に私は頬を綻ばせた
いつの間にか辺りは暗くなっていて、先程の曇り空は全くなくなっていて
そこにあったのは沈みかけの真っ赤な太陽と黒ともとれる青い星空が広がっていた
「夜美、送っていきましょうか?一人じゃ危ないですし…」
「む、女の子じゃないんですから大丈夫です!和仁はいつも私を女の子みたいに…っ」
「ふふ、だって夜美は可愛いから」
そう言って顔を真っ赤に染めながら怒ってみせる君を、私はどんなに愛しく想ったか
貴方はまだ、それが分かっていないから、だから、辛い
「あっ和仁、この猫の名前何にしましょうか?」
「それは夜美が決めるのが普通なんじゃないですか?」
はは、と笑ってみせると夜美は少し考え込んで
「決めたっ」
と一言、うきうきしたような声色で呟いた
私は夜美に、決めたという名前を聞いたけれど教えてはくれなかった
秘密です、
なんて可愛く言われてしまったらもう聞く気も無くなってしまう
私の気なんて知りもせず、夜美は意気揚々と帰っていった
(帰りは心配した夜美のお父さんが寄越した車だった)
今日は、
夜美の思わぬ顔と、そして夜美への気持ちが改めて分かった
とある日の話
ある日の出来事
(猫が、貴方と私を引き合わせてくれた)
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和仁×夜美
ほのぼの