彼の優しさに泣きそうになった


彼と初めて逢ったのは、私、高峰 美郷がアルバイト先の飲食店で接客をしていた時だった。逢った時のイメージが強くて、忘れられなかった彼。


──────────


「いらっしゃいませ!お客様何名様でしょうか?」


毎日の様に続く、変わらない穏やかな日常に私は正直うんざりしていた。
格好いい人とかいないかなー
なんて軽い気持ちでアルバイトをやってしまっている私も私なのだろうけど。
私が働いている飲食店は、結構お洒落な洋風の落ち着いたお店。……実はオーナーがちょっと格好良くて頑張って面接受けました…なんて不純な動機を持っていた私には似つかわしくないお店だったりする。
それから飲食店なのにペットの同伴もOKなちょっと変わった、巷じゃ人気の店らしい。
この日も私はシフトをうまい具合にこなしていた。


「いらっしゃいませ!お客様何名様……………!」

「一人だよ。…あ、それからここってペット同伴でも大丈夫って聞いたんだけど…」


彼の肩に乗っている艶のいい毛のロシアンブルーの猫。瞳はオッドアイというやつで色が左右で違っていた。その猫でも十分に魅力的だったが、その猫の飼い主に私は釘付けだった。
金色の髪に猫とお揃いのオッドアイ。鼻筋が高く、優しそうな瞳。白い肌に柔らかそうなピンクの唇。私は絵に描いた様な彼の姿に思わず息を飲んだ。
……こんなイケメン初めて見た…!!
硬直する私を不思議に思ったのか、彼は無意識だろうが私の顔を覗き込んだ。


「…どうかしたのかい?」

「えっ!?あ、すいません!!」

「大丈夫?」


顔を真っ赤にして俯く私を見て、彼はくすくすと意地悪く笑っていた。


『ミャア』


それが彼との出逢いだった。


──────────


彼が帰った後、私は彼が座っていた席を片づけていた。
すると床に、タグに『DEAR-Maria』と彫られているチェーンのネックレスが落ちているのを見つけた。
高級そうなそれを私は手に取りタグの裏を見てみると、先程まで彼が愛猫を呼んだ名前『シャティ』と掘ってあった。


「………これ…あの人の……」


私は慌てて店を飛び出し、彼を追いかけたが見つける事は出来なかった。
そのネックレスを店の忘れ物ボックスに入れようとも思ったが、一週間すると捨てられてしまうそこに捨ててしまうにはあまりにも………高級そうなもので。
また彼との繋がりを持てたら、そう思うとその箱に入れられずにいた。


──────────


結局一週間経っても彼が店に現れる事は無く、私が持つ持ち主の居ないネックレスは途方に暮れていた。
そして今日、彼がネックレスを落としていって二週間が経った時だった。


「いらっしゃいませ、お客様……」

「あの……っ二週間程前に此処に来た者ですが……ネックレス、ありませんでしたか…!?こういう……裏に"シャティ"って彫ってある……!」


彼が、息を切らしながら店に入ってきた。……当然、接客していた私の友人智美はびっくりしたように目を丸くしていたけれど。
席に案内して、智美は彼にこの店の忘れ物についての管理の仕方を話していた。彼は一瞬泣きそうな顔になったけれど、すぐに元の表情に戻って。


「……そう、ですか」


そう一言だけ呟いて、彼の膝に乗っかっている猫……シャティの頭を撫でていた。
返さなきゃ
そう思った私は、彼が力無く出ていった店の扉を開け放ち彼を追った。名前も知らない見ず知らずの彼に何故ここまでしているのか、私でもよく解らなかった。でも、これは彼に返さなくちゃならないものだと思うから。


「……ねぇシャティ、あれが無くなったから僕は…彼女を…」

「あの!!」

「……?」


スーツ姿の彼を後ろから引き留めた私は、今更ながら後悔していた。少し話すだけでもドキドキしている心臓が、あり得ないくらいドキドキして壊れそうだった。
不思議そうに私を見る彼に、私は俯きながら彼にネックレスを差し出した。


「これ!!…この前、お客様が忘れているのに気がついて!でも箱に入れたらいつかは処分されちゃうから……」

「!……ありがとう」

「……!」


目を見開いて、すぐに優しく私に微笑んでくれた彼に私の胸は高鳴った。私のこの気持ちを、彼に知って欲しかった。それだけだったのに。


「本当にありがとう……じゃあ」

「…あ、あの!」

「何だい?」


振り返る彼にまた、胸がチクリと痛んだのは何故だろう。


「──…好きです…!!」


泣きそうになった。一方的に私が好きになって、名前も知らない彼に勝手に告白して。悪いのは私なのに。断られるって、ちゃんと解ってるのに。次の彼の言葉だけは聞きたくなかった。


「……ごめんね、でも」


ありがとう、そう言って苦しそうに微笑んだ彼は、今まで見てきた数少ない彼の顔の中で一番綺麗だったと思う私は馬鹿だろうか。


「…また来るよ、高峰さん」


涙を流す私にかけた言葉。それはきっと彼なりの優しさだろう。
彼が囁いた私の名前は、とても優しかった。




キスよりも優しく、

(優しすぎるあなたにまた惚れてしまった私は世界一の大馬鹿者です)

──────────

小野 俊介。





prev turn next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -