愛を謳うのは愚かな行為だと、愛を語るには人はあまりに幼いと
そんな言葉を、俺は何処かで聞いていた気がする
「せーんせっ、なぁにしかめっ面なんかしてぇ!」
「……何でもないよ…、それで、君は何時まで此処にいるんだい?」
「えーっとぉ、先生があたしを彼女にしてくれるまで、かなぁ?」
甘ったるい声で話す生徒に俺は微笑む。腹の中では正直どうでもいいとも思っているのだが。
「まさか、俺なんかよりもイイ人はたくさんいるよ?」
「ふふ、そんな事言わないでよ先生〜」
そう言って俺の腕に自らの腕を絡めてくるそれに、俺は激しく嫌悪する。その行為に対しては何も言わずに、俺は煙草に手を伸ばした。
「あ、先生って煙草吸うんだぁ?」
「まぁね、それより」
早く授業に戻ったらどう?
相も変わらず、俺は顔に微笑みを貼り付けてそれに言った。するとそれは俺を少し睨んで
「先生の意地悪!」
そう言って保健室を出ていった。
俺は緊張の糸が切れたように、思い切り近くにあったソファにダイブする。それから数分、いや、数十秒。俺は保健室の天井を見つめ、何を思う訳でもなく持っていた煙草に火をつけた。
「……うま…」
正直な所、美味しいと言う表現は間違っているのだと思う。実際何かを食べた時に感じる舌への刺激とそれは、似て否なるものだから。
それでも俺にとっての煙草に対する感情は、うまいと言う一言だけ。吸っていると落ち着く、その安心感が堪らなく恋しい。
「………」
煙草でもそうだが、さっきの女は俺に執着していると言うより寧ろ俺という先生と生徒の禁断の関係に執着しているのではないかと、思う。
好きだよ、とか
愛してる、とか
上辺だけの言葉はたくさん言ってきた、そして泣かせた女もたくさんいた。
でも、結局その泣かせてきた女達もさっきの生徒と同じ。外側の綺麗な俺と、化粧で飾った綺麗な女の関係を保っていたかっただけではないのか。そう思ったら俺は
「……は、馬鹿馬鹿しい」
とても滑稽な生き物だと思った。愛されていたのは俺じゃない、愛されていたのは
「……俺のこの外見と、」
この嘘で造り上げた偽りの自分だったのだと。
「……、格好悪…」
一言呟いた俺は煙草を灰皿に押しつけて、そして一つ、溜息をついた。好きだとか、愛してるだとか。そんなの一生掛かったって解けない謎解きだ。
でも俺は
「正解は、ないよね…そう思うだろう?架槻……」
そう、正解なんてない。机の上に飾ってある、俺と女とのツーショットの写真を見て呟いた。
俺が君を愛していたのは、その言葉を、その行為を、正当化したかっただけなのかもしれない。君も、俺という存在で自身をただ主張していたに過ぎなかっただけなのかもしれない。
結局は皆自分自身が可愛くて、愛しくて堪らないのだと。
「架槻……」
それでも俺は、君の名を呼ぶ。かつて愛した、君の名を。
君の名を呼ぶ
『愛してる』
(それは都合のいい、嘘で固めたただの逃げ道なのだと)
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石橋 彰。