夢からの目覚めはいつも唐突
「っうわぁああ!」
焼けるような痛みで目を覚ました。この少年は東の果てに存在する、小さく穏やかな村"イーヴァレン"に住む少年、レンだ。
先程の夢のせいで誤った痛みを感じているのに気付いたレンは、思わず頭を抱える。息が上がり、背中や額は悪夢でかいた冷や汗でびっしょりだった。
「レン、レン?大丈夫かい?凄く魘されていたみたいだけど…」
「あ、ああうん。大丈夫だよルノー」
慌てながら返事をしたが、ルノーはいつもと変わらない声音でレンに言い聞かせる。
「あまり無理をしてはいけないよ」
「僕は大丈夫だから。ありがとうルノー」
「いいよ。朝御飯はもう出来てるから、落ち着いたら降りておいで」
「今行く」
未だ体に残る気味の悪い記憶に体を震わせたレンだったが、微かにリビングから焼き上がったばかりのトーストの匂いにレンのお腹は悲鳴を上げた。
気分を変える為、レンは思い立ったように窓を開け晴天の空を見上げる。
「れん」
「あ、おはようべティ」
「ごはんだよ、ごはん。るのーがまってるよ」
部屋のドアを開けてひょこっと顔を出したのは、レンと同じくルノーに保護されたエルフの少年ベティだ。
まだ5歳のべティはてくてくとレンに近付き、抱っこをせがむ。自分によく懐いている義弟に、レンは顔を綻ばせた。
「れん、だっこ」
「べティは甘えん坊なんだから」
「はやくだっこ!」
「はいはい」
レンが優しく抱き抱えてやれば、べティはきゃっきゃっと嬉しそうにはしゃいでみせた。先程開け放たれた窓から入ってきた小鳥に懸命に手を伸ばして捕まえようとしたり、レンの髪をぐしゃぐしゃにしたりと、もうやりたい放題だが。
「ぐしゃぐしゃ!」
「こら!ちょ、余計寝癖つくから!」
「きゃー!れんがおにさんになった!」
ムッと顔を強張らせたレンを見て、またはしゃくべティ。レンの一瞬の隙を突いてするりとレンの腕から抜け出したべティは、バタバタとルノーがいるリビングへと消えていった。
「おはようレン。まだ冷めていないから早く食べて」
「うん。いただきます」
長閑な田舎の宿屋の主をしているルノーはレンの父親代わりで、もう10年程世話になっている。
もう10年経つんだ、と手を合わせながらのんびりと考えていたレンの耳に、元気いっぱいの声が響く。
「るのーおかわり!」
「べティはいつもよく食べるね。将来は立派な男になるよ」
「れんよりつよくなるの!それでね、わるいやつをやっつけるの!」
「べティならすぐ僕を追い越せるよ、頼もしいや」
あはは、とリビングに柔らかい家族の声が溢れた。
「……ここか」
男が一人、イーヴァレンに訪れた。その男は黒い帽子を深く被り、もう春先だというのにこれまた黒い暑そうなコートを着込んでいる。
穏やかな村に訪れたこの一人の男が、もしかしたらもう既にこの村の運命を変えていたのかもしれない。
穏やかな日々
(訪れたのは悪魔か、それとも天使か)
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