また、彼の夢だ


「悪魔だ」

「穢れた血だわ」

「ヴァロッディ?まさかあの上流貴族の?」

「そうだ、あのヴァロッディだ」

「あの穢らわしい裏切り者の息子だそうだ」


周囲の煩わしい話し声が、嫌でも耳に入ってくる。しかし少年が、自分の置かれている状況を把握することはなかった。何故なら、自分が生まれた経緯を一切知らないからだ。だから何故、彼らにこんなにも煙たがられているのかを少年は理解出来ない。
ただ、訝しげに少年を見つめる魔族たちの目がとてもではないが耐えられなかった。だから少年は、自分のすぐ隣にいた銀色の髪を持った男の袖を握り締めた。


「まあはしたない。けれど何故そのような穢れた血がこの王宮に?」

「ああ、何でもアロジック様の養子とかで」

「何故あの御方が穢れた血に肩入れするのか。我が一族の長とも在ろう御方が…嘆かわしい」

「おい、声が大きいぞ。あの御方に聞かれてしまう」


銀髪の男は彼らの言葉をただ聞き流すだけで、何も言わなかった。
彼らは少年の隣にいる銀髪の顔を見るだけで頭を下げた。きっと偉い人なのだろう。少年はぼんやりとそう思っただけで、銀髪の男の隣をぴったり付いて歩く。


「  、ここですよ」

「……ここは…?」

「あなたの部屋です、  」


少年の名前を呼んでいるのだろうが、何故かぼわんとしたフィルターの掛かった聞こえ方しか出来ない。
少年は、自分の部屋だと紹介された大きな空間を見渡した。豪華な装飾がされた絨毯や、きらびやかなカーテン。天井の付いたベッドに、落ち着いたテーブルの上に乗った豪勢な料理。
そして、窓の近くにある椅子に腰掛けてマフラーを編んでいる、黒髪の女性が目に入る。


「……あの人…誰…?」

「ああ……ティア、」

「まあ、いらしてたんですかアロジック様。お声を掛けて下さっても良かったのに……」


椅子から立ち上がった女性は、色白の多い魔族では珍しい褐色の肌に翡翠色の瞳を持った美しい人だった。親しそうに銀髪の男と話をしていた。少年は不思議そうに二人を見上げる。


「ティア」

「ええ、そうですね。初めまして、  。ティアレスって言うの、宜しくね」

「  、彼女はこれからあなたの母親になる人ですよ」

「はは、おや?」


聞きなれない単語に、少年は首を傾げた。母親って何だろう?不安げに二人を見上げた少年に、ティアと呼ばれた女性は微笑む。


「これからは、私があなたを護るのよ」

「まもる…?どうして?」

「あなたが私の大切な子供だからよ。いい?  、あなたはもう独りじゃないわ…」

「……ずっと…一緒にいてくれるの…?」

「勿論よ」


美しい女性は、少年を愛しそうに抱き締める。その二人を、銀髪の男は幸せそうな表情で見つめていた。

優しい冬空の太陽が、豪勢な部屋を柔らかく照らした。





優美な貴婦人

(こんな幸せ、そうそうない)




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