何か、悪い予感がした


「じゃあケイト、また明日ね」

「おう、レポート手伝ってもらってサンキューな。今度お礼すっから」

「べてぃもおれいもらう!」

「楽しみにしてろよー」

「やったぁ!」


ケイトの家で夕方までレポートを手伝ってやったレンとべティ。また明日、と挨拶すれば、気をつけて帰れよ、とケイトは笑った。
レンとべティは手を繋いで、村の住宅街から少し離れた自分たちの家に向かう。


「……で……す…の…」

「…あ……た…き……み…と?」


ただいま、と扉を開いたが、ぼんやりと店の方から声がするだけでルノーの姿は見当たらない。べティに先に部屋に戻るようにと言ったレンは、一人で声のする方に向かった。


「何か思い違いをしていますね。私はたまたま、ここの近くの遺跡の調査ということで派遣されただけです。他意はありませんよ」

「君がいると必ず何かが起きる、それは確かだよ。私は間違ったことは言ってない」


片方はルノーの、もう片方は知らない男の声だった。話している内容はよく分からなかったが、何だか入りづらい空気にレンは扉の前で固まってしまう。
ドアノブに手を掛けたまま、レンが思わず喉を鳴らした音が部屋に木霊した。


「しつこい人ですね貴方も。私はただ……おや」

「どうかした?」

「この話は止めにしましょう。私は部屋に戻ります。食事は部屋にお願いしますね」


ガタン、と立ち上がった男はレンのいる扉の前に来てドアノブを回した。


「わっ」

「盗み聞きはいけませんよ坊や」

「へ、あ、」


第一印象は、不思議な感じだった。部屋にいるのに深く被った帽子に、春先なのに真っ黒なコートを着込んだ男。顔は見えないためよく分からないが、話し方や声から随分な優男なのがわかる。


「レン!」


呆然とするレンはルノーに強く腕を引かれすぐに黒い彼と離れる。レンがハッとしてルノーを見れば、いつになく恐ろしい顔をして黒い彼を睨み付けていた。


「…ルノー、貴方まで私を否定するのですか?」

「え…それはどういう意味だい?私は別に否定なんて」

「いえ……すみません、何でもないですよ」


一瞬、少し声を震わせた黒い彼に驚いたルノーは問い掛ける。しかし黒い彼はすぐにそれをはぐらかし、自分の部屋への階段を上っていった。


「………」

「……ルノー…?」


暫し重い沈黙が続く。そこで口を開いたのは上手く状況が理解できていないレンだった。レンに呼び掛けられ、考え事をしていただろうルノーは瞬時に現実に引き戻された。


「え、あ、ああ。何だいレン」

「今の人、知り合い?」

「…友人だよ、昔からの……」

「ルノー?」


また考え込んでしまったルノーをレンはまた呼んだ。するとレンの頭を優しく撫で、何を含んでいるのか分からない曖昧な笑みを零す。


「………何でもないよ。もうすぐ7時だ、食堂を開けよう。ベティを呼んで、宿泊者名簿を見てお客様に夕食はどちらで食べるか確認をして」

「あ、うん」

「私は夕食の支度をするから、それが終わったら手伝いに来て」

「わかった」


事務的な連絡だけを言ってルノーは食堂の方に消えていった。一人ポツンと残されたレンは、ルノーとあの黒い彼の関係に首を傾げたが直ぐにルノーに言われた通り、宿泊者名簿を取りベティを迎えに行った。

レンが階段を駆け上がった時に開いていた窓から黒猫が一匹、店の中に姿を見せる。
ミャア、と一鳴きすると、ふらふらと明かりの付いていない暗くなった廊下を一人で歩いて行った。





動き出す歯車

(確かに噛み合った音がした)




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