普段と変わらない穏やかな毎日の筈だった
「今日はかつての古代戦争で大量に消費されたルキについて説明する。…ではグノーシス、ルキとは何だ?」
「…ぐー…」
村の南にある小さな学校では、村の子供たちが机を並べて勉学に勤しんでいる。
レンやべティもその内の一人だが、べティにはかなり難しい内容なのでノートに落書きをし始めた。他の生徒たちは皆教師の声に耳を傾けているのだが、彼…ケイト・グノーシスだけはその声を子守唄代わりにしているようだ。
「起きろケイト・グノーシス!」
「ぅおおう!………何すかフェイ先生」
「何すかじゃねーよ、ルキとは何だと聞いたんだ。答えられなかったらその体バラすぞ」
「何ソレ横暴!」
「わかったらさっさと答えろ」
「えーと…ルキは…えー」
魔力とはほとほと無関係なケイトにとって、ルキはそれこそ空気と同じ程度の認識である。干渉し合わない物同士だから互いの理解は薄い。だから今更ルキは何かと聞かれようにも、ケイトは答えられずにいた。
そんなケイトを気遣い、彼の後ろに座っていたレンが彼に耳打ちをする。
「魔力の源のことだよ」
「どうしたグノーシス」
「……ま、魔力の源のことです」
「正解だ、座っていいぞ。ミリオスに感謝しろよ」
フェイには何もかもお見通しなようで、レンはそんなフェイに苦笑いを返した。ガタガタと座るケイトに、フェイは凄い顔をしていたが何も言わない。
「ありがとなレン。助かったぜー」
「ううん。ルキは魔力を使う人しか高い認識がないから、仕方ないよ」
「さすが俺の親友。王都の学院から召喚状が来るだけの頭脳持ってるってのに、高飛車じゃないところが素敵!」
「からかわないでよケイト」
二人でこそこそと話していると、コツコツと二人の近くに誰かが近付いてくるのが分かった。ゴンッと凄い音が教室に響く。その次に響いたのは二人の、特にケイトの野太い悲鳴。
「…!……!」
「いってぇええ!!何すんだジジィ!」
「誰が爺だ!俺はまだ30だ!」
ケイトの悲鳴は艶があるとは言い難く、正直聞くに絶えない。おまけに暴言まで吐いているので授業後は呼び出し決定だろう。
レンは思っていた以上に強く殴られたらしく、涙目になって声も出せずに悶えている。
いつまでもフェイに突っ掛かるケイトに頭にきたフェイはまた重くて分厚い教科書でケイトを殴り付ける。今度のは効いたようでケイトは痛みに悶絶。
その間にフェイは授業を進めた。
「えー、ルキとは先程グノーシスが答えた通り魔力の源だ。前の古代戦争で多く消費され、今世界各地で異常気象を引き起こしている。ではべティ、ルキは何から生まれる?」
「うん?えっとね、るきはおおきなきからうまれる!」
「そう、よく出来たなべティ。ルキは緑…即ち我々の生活に欠かせない自然の樹から生まれている。ルキが枯渇し始め、世界が異常気象に見舞われているのは、自然破壊が今の今まで進められてきたからだとも言える」
フェイがそう言い終えた後、丁度授業終了を知らせるチャイムが鳴った。
「じゃあ今日の授業はここまでだ」
「いやっほう!やっと終わったぜ!」
「お前は今日の授業内容をレポート用紙にまとめてこい、明日提出だ。以上、解散」
「そんな馬鹿な…!」
颯爽と去っていったフェイにケイトはガクッと肩を落とした。そんなケイトに、クラスメイトたちは次々に慰めの言葉を掛けていく。
一通り生徒が教室を出ていった後、溜息を吐きながらケイトはレンにしがみついた。
「レン…!!」
小動物のような瞳で見つめられたらさすがのレンも突き放せない。心の中で大きな溜息を吐いたレンは、ケイトの死活問題を手伝う羽目になった。
「べてぃもいくー」
「そぅだね、ケイトにはべティを見習って貰わないと。ケイトってば救いようのない馬鹿なんだから」
「おい、俺が反論出来ないからって言いたい放題言うな」
「教えてあげるんだからこれくらい我慢しなよケイト」
「おばかなけいとー」
「お前ら……!」
わいわいと騒ぎながら学校を後にする三人。その時レンの頬を、春風が優しく撫でた。
見えない亀裂
(毎日の平和を疑わなかった)
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