大嫌いな季節が来る
「……あつ…」
梅雨は明け、晴天の空はどこまでも青い。眩しい太陽の光に顔をしかめて、俺は溜息を吐く。
昔は夏が好きだった。友達と海に言って、肌が焼けるのなんて気にせずにはしゃぐ。女とよく間違われたのは癪だったけどあの人に会ってから大好きになった自分の体を、これでもかというほどさらけ出していたっけ。
ずっと自慢だった。女なんかには負けない自信があった。それだけ身だしなみには気を使っていたから。でも今は、
「……きたない…」
ショーウィンドウに映る自分の姿に思わず呟く。パーカーを着てだぼだぼのジーンズを履いて、黒縁のダサい眼鏡なんかかけて髪はボサボサで。明らかに気候に適さない格好。
ぼんやりそんな自分の姿を見つめていた俺の横を、女が4人歩いてきた。
「だよねー…うっわ、あの人見てよ!だっさーい」
「チョーウケるんだけど!あり得ねー」
「アレ絶対オタクだよね。みさきゅん萌えー!とか言ってたりして」
「何ソレーてかなんでアタシの名前なのよ!」
「いいじゃーん」
見たことのあるやつだった。昔よく海理が遊んでいた子達だ。メイクはケバいし下品な笑い方。言葉使いなんて最悪。俺は彼女達に言い知れない嫌悪感を抱く。
「…気持ち悪…」
顔をしかめて彼女達から早く離れてしまおうと思い擦れ違った。するといきなり腕を掴まれる。何事だと思って振り向けば凄い顔をした彼女達が俺を睨み付けている。
「今の何?アタシ達に言ってんの?」
「は?」
「気持ち悪いってはっきり言ったじゃない!初対面のくせに失礼なんだけど」
初対面のくせに失礼なのはお前たちだろう、という心の声を俺は無理矢理飲み込む。矛盾だらけの女なんて吐き気がする。
「何とか言いなさいよ!」
どこぞのチンピラみたいな絡み方に呆れて物が言えないだけです。無意識に彼女達を睨み付けていたらしい俺は女の一人に突き飛ばされた。
「って……」
「アタシ達のことが気持ち悪いんだったらあんたみたいなのはゴキブリ以下じゃない?」
「きゃはは!何ソレ超いい例えじゃん!」
「ハァ?テメェら自分の顔をしっかり鏡で見たことあんのかよクズが」
「えっ?」
突き飛ばされた俺が地面と仲良くなることはなく、この声は今までずっと聞きたかった彼の声。慌てて上を見ればやっぱりモデルみたいに格好良い大好きな海理の姿。
「海理!?」
「なんで海理くんがこんな所にいるのよー」
「…海理……」
「よう穂波、大丈夫か?」
「へ、あ、うん」
海理は相当怒っているのか猫なで声で話しかけてくる彼女達を当然の如く無視。先程突き飛ばされた時に落ちたであろう俺の伊達眼鏡を拾い上げ、俺の頭をガシガシと撫でた。
「海理みたいなイケメンがなんでそんなダサ男と付き合ってんの?」
「最近遊んでくれないしアタシ達意味わかんないんだけどー」
「アア?テメェらみたいな不細工に穂波を侮辱する資格なんてねぇし、馬鹿じゃねぇの」
「ハァ!?アタシ達のどこが不細工なのよ!少なくともそこのダサ男よりはマシよ!」
「チッ」
最早言いたい放題の彼女達に嫌気が差したのか、突然俺のボサボサで長めの前髪をガッと掻き上げた。
何が起きたか分からない俺は目をぱちくりさせて海理を見つめる。
「これ見ても穂波が不細工なんて言えるか、アア?」
「何よソレ…」
「何アレ超美形じゃん」
「ていうか美人?」
「わかったらさっさと失せろ」
「ッ海理の馬鹿!行くわよ皆っ」
顔を真っ赤にして歩いていく彼女達を見つめて、俺は首を傾げる。結局なんだったんだろう…という疑問は未消化のままフェードアウトしそうだ。
隣にいる海理を見上げれば、特に気にもしていないようでまた俺の頭を撫でた。
「海理…」
「行くぞ穂波」
「へ?どこに!?」
「家、今日は穂波と一緒に過ごしたいから」
強引で意地っ張りで、不器用で女好きだった彼は少しずつだけど、変わってくれているようです。
大嫌い、大好き
(きっともうすぐ、夏が好きになる)
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