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「よしっ…………あれ?」
弁当作りと朝食の支度を整えて時計を見ると、もう6時半を回っている。いつもよりのんびりし過ぎて允を起こすのをすっかり忘れていた僕は、慌てて階段をかけ上がり自分の部屋の隣の部屋(允の部屋)に駆け込んだ。
「允っ遅刻しちゃうから早く起きて!」
「…もう無理だあ…あー××の×××!××!」
※あまりにも卑猥なのでお聞かせできません。何を言っているのかはご想像にお任せします。
「……允の馬鹿ぁああああッ!!」
「ッいってぇえええ!!」
寝言で放送禁止用語を連発した弟に取り敢えず正義の鉄槌を食らわせた僕は、允の口から飛び出した言葉に顔を真っ赤にしながらリビングに降りる。
何が起きたか分かっていないだろう允は、何故か鈍器で殴られたように痛い頭を押さえながら僕のいるリビングに向かう。
「痛ぇ……あ、おはよー蛍」
「………」
当然の如く顔を真っ赤にさせふてくされている僕に首を傾げた允。しかし朝イチに僕の顔が見られて嬉しいのか允は満面の笑みで挨拶をした。
取り敢えず顔を上げて允を見るも、何か言葉がつっかえて口を噤む僕に近付き僕の頭を撫でる允。
その時、先程の允の言葉が脳裏に蘇った僕は気が付いたらかなり酷い言葉を連発していた。
「蛍?」
「允なんか嫌い!最低!馬鹿!変態!」
「はっ!?」
「不潔!!」
「………………」
7時を回った頃、普段通りにお父さんが起きてきた。彼が見たのは先程のショックで真っ白になった允と、二日酔いで机に突っ伏している棗と、そんな二人に囲まれて涼しい顔をしている僕の奇妙な光景だっただろう。
「…あ、おはようお父さん」
「おはようございます、蛍。………………この二人生きてますか?」
「魂抜けた感じになっちゃってるけど大丈夫だよ!」
「なら平気ですね」
僕の我ながら完璧な表現に、お父さんは微笑みながら平気だと言う。そんなお父さんに僕も微笑む。二人で朝食をのんびりと食べながら、僕らは他愛ない会話に花を咲かせた。
※残念なことこのズレた二人にツッコミを入れる人はいなかった。
「允、そろそろ蛍に置いていかれますよ」
「……はっ!」
もう7時半を回っていたので流石に遅刻をしてしまうだろうとお父さんが允に声をかけかていた。
ハッと意識を取り戻した允の目の前に、既に用意を済ませていた僕がそれこそキスをしてしまいそうな勢いで覗き込む。この行動には特に他意はないのだけれど。
「まーこーとー」
「っ近い蛍…!」
慌てて僕から顔を背ける允に僕は首を傾げる。何か変なことしたかな、と考えていると僕の横で時計を見つめながらお父さんが口を開く。
「蛍、もう遅刻決定ですよ」
「へ?」
「ほら」
時計を指差したお父さんに誘われ時計を見つめると、さっと僕の顔から血の気が引いた気がした。
「ああっ!允のせいだよ!?」
「ちょ、俺不可抗力でしょ!」
「僕の方がお兄ちゃんなんだからお兄ちゃんの言うことは素直に聞くの!」
「俺に拒否権ないよねソレ!?」
ポンポンと気持ちいいくらいにスムーズに会話が続いていく。けれど時間は止まらずに進んでいる訳で。
「先生に怒られるから取り敢えず早く行きなさい二人共」
結局お父さんが仲裁役になって、僕と允はぶつぶつ口喧嘩をしながらもバタバタと家を飛び出した。
「「行ってきまーす」」
「行ってらっしゃい」
観月家の朝は、いつもこんな感じでフェードアウトする。
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