残照のくちびる

 キラキラと輝く姿、眩しい笑顔、ステージの上ではいつだって彼らは流れ星のように、いや、彗星のように輝いて私の瞳を縫い付ける。周りの熱気も、溢れ出るメロディも、刻まれるステップも、躍る身体も、そのすべてがひとつの舞台として昇華されていく。瞬くような刹那、それでも、彼らは確かに私にとって彗星そのもので、どうか、どうか、消えてしまわないでほしい、永遠の夢を見たい。私をその輝く場所まで、連れて行ってほしい、どうか、どうか、一緒に終わらない夢を、見せて欲しい。そう、願ってやまなかった。
 終わらない夢、それが終わってしまった時、私達は、どうすればいいのかと、途方に暮れてしまう。それを味わって、私は、もうそんな思いを誰にもさせないように──……なんて大言はできないが、それでも、私が手掛けたアイドルが、どうか、誰かを悲しませることはなく、永遠の彗星として、人々の記憶に刻まれるよう、少しでも尽力したかった。

「ワン、ツー、スリーエンフォー、ファイブシックス、」

 拍を取る声と共に目の前の影はくるりと回転し、ステップを踏み、その長い体躯を上手く使って表現していく。筋肉がほどよく飾ったしなやかな身体はバネがあって、伸びやかに躍る。彼はキレもあるが、教えに忠実で模倣的な踊りを見せると思わせて、感性に任せて不意にアレンジを見せることもある。だがそれがまたいい、溢れ出てしまったものを、隠しもせず。初めて教わったころはあんなに大変そうに踊っていたのに、今の彼は楽しそうにリズムを足先で刻んでいく。ワックスの効いた床が、靴底のゴムを受け止めて高く細い音を鳴らした。
 軽快な音楽が鳴り止むと同時に、額から滴った汗が床に数滴落ちる。ポージングを解いて、肩で息をする彼に駆け寄り、柔らかなタオルを差し出した。

「よかったよ煉獄くん!今日のダンスも最高!!」
「ありがとうマネージャー!」

 素人から見れば大絶賛もののダンスだが、先生は納得していないらしい。汗を拭う彼に近寄り、もっとこうした方がよい、ああした方がよい、という言葉を彼はひとつずつ熱心に聞いている。その姿勢はひどく真摯で、それでいて真っ直ぐだから教える方も熱が籠もるのだ、といつだったか先生はつぶやいていた。それもそうだろう、まさに炎、熱、朱という言葉がそっくりそのまま生まれてきたような男、煉獄杏寿郎。二十歳。彼はアイドルとしてメジャーデビューしたばかりの若き才能のひとりだ。
 アイドル、キラキラした夢を見せてくれる、まばゆい星。そんな存在に惹かれる人間は、決して少なくはない。また、アイドルと一概に称しても、アイドルという存在のなかにはさまざまな種類、ジャンルがあるものだと思っている。聞く人によっては反感を覚えてしまうかもしれないが、実際の技量や歌唱力の是非ではない部分で攻めていくことも多い存在。その中にも、もちろん技量の磨かれた人間は居るものだが、その中でも群を抜いて彼、煉獄杏寿郎のダンスはすばらしいものがあった。
 彼は、絶対にいろんな人達の星になれる、そう、私は思ったのだ。まあ、だからといって出会ったときからダンスがうまかったわけではない。彼はむしろ、まったくダンスなどしたことが一度もなかった少年だったのだから。

「レッスンお疲れ様、ボイトレのあとすぐに収録あるから、その前になにかランチ食べようか」
「む、ランチ……、」

 大きな彼の目が斜め上に心做しか向けられる。当初こそのり弁で共に難を凌いだが、今の彼は若手とはいえ知名度も徐々に得て、無事に昨年メジャーデビューを果たしたのだ。ダンスの上手いアイドルが居る!と実力はもちろん、熱量を秘めた瞳や実直な性格、ひたむきな姿勢はファンには伝わるものだ。ましてや、小さなハコでライブをすればファンとの距離は近い。それで撃ち抜かれた女性も居るに違いない。グッズの売上も右肩上がり、弱小事務所に所属する我々だが、最近ではからあげたっぷりのお弁当にまで格上げを果たした。
 そして、だ。彼がたくさん頑張っている日のランチは、食べざかりどころではなくたっくさん平らげる彼のために、食べ放題の店舗を利用することも社長からOKを得ている。なんと喜ばしい。彼が駆け出しの頃はそんな食費を割くことも出来なかったので、米を炊き私が大量のおにぎりを作り、持ってきていたのだ……。なんという成長。たった数年で米炊き当番から、専任マネージャー業に!それもそのはず、彼はもっともっと、たくさんの人に愛されて然るべきなのだ。私は嬉しくてにこにことさぞご機嫌な笑顔のことだろう。そんな私を見てから、彼はほのかに大人びた笑みを見せる。最近、無邪気そうな表情ばかりでなく、こうした笑顔を見せるようになってきたので、彼の人間としての厚み、アーティストとしての幅が広がったことと思って喜ばしい。

「名字さんのおにぎりが食べたい、」
「え?」
「ここのところ、良いお弁当だったり、ケータリングを取って貰っているが、俺は名字さんのおにぎりが一等好きだ」

 そう言って彼は照れくさそうに頬を緩める。そんな顔もできるなんて、恋愛ドラマのオファーも来ても大丈夫ね……と脳内の打算的な私がほくそ笑む。事実、先日放映されたバラエティの反響がそれなりにあって、なかなか世間の反応が良いのである。彼の性格からして、MCや共演者に不必要な反感は買わないだろうとは思っていたが、積極的に話を広げようとする姿勢など、所謂テレビ番組を制作するサイドからも好評なのである。それだけでなく、バラエティ向けとも言える素直でオーバーすぎるほどのリアクション。ドッキリ番組へのオファーはすでに来ているし、彼の一層の飛躍を思って私はこれでもかと張り切っている。

「私のおにぎりなんて、ただ握っただけじゃない。これからもっと美味しいもの、たくさん食べられるから大丈夫よ!」

 食べることが大好きで、特にお気に入りはさつまいもだという彼のことだから、きっと喜んでくれると思ったのだけれど、煉獄くんは眉尻を下げ少しばかり寂しそうに笑って、そうだな、と小さくつぶやくばかりだった。


※※※


 アイドル。グループを組んで歌って躍る姿を想像するだろうが、私が彼こそと必死にマネジメントしてきた煉獄杏寿郎はソロだ。アイドルブームを呼んだのも、爆発的なヒット、ブレイクしてきたのもグループアイドルたち。そんななか、彼をたった一人で売り出そうなど考え直せ、と社長に散々言われてきたが、私は彼を一人で売り出すことにこだわった。理由はただひとつ、彼はあまりにも鮮烈な光を放つ太陽のようなひとだから、グループを組ませるならたった一人、且つ彼と対極に位置するような冴えた月の光を持つようなそんな子を、と思ったが、早々逸材に出会えるはずもない。彼の光は強すぎる、共に居る人間を食ってしまったら、意味がないのだ。良からぬ軋轢の元でもある。それならば、ソロで売り出すのが一番!と説得に説得を重ね、私の熱意に折れたのかそれとも呆れたのか、それは定かではない。だがそんなにゴリ押ししたからとて、私は敏腕マネージャーでもなんでもない。私のマネジメントが、彼のなにかか、もしひとつでも失敗していたら、こうはなっていなかった。
 舞台袖から覗き込んだ先、たくさんの赤いレーザーに射抜かれて、きらびやかな衣装を身に纏いステップを踏む彼はまさに春陽。彼が歌う曲に合わせて振り上げられるペンライト、必死に目に入れて貰おうと装飾したうちわ。ファンたちはみんな、煉獄くんというひとりの日輪に向けて、必死に愛を、パワーを注いでくれている。
 幻滅させるわけにはいかない。
 応援していて、本当にいいのかと疑わせてはいけない。
 私はただ、彼を、みんなの太陽として輝けるように、たくさん、バックアップをするのだから。なのに、彼の寂しそうな笑顔ばかり脳裏に浮かぶ。あんなにひたむきにずっと駆け抜けてきたのに、最近の彼は時折寂しそうに笑う。しかも、決まって、私に関する何かを求めてきて、私がそれを跳ね除けたときだ。なぜ?どうして?あなたにとって、今この状況は、幸せではない?
 彼は嘘を吐けるような子じゃない。何か不服としてパフォーマンスに臨めば、すぐにミスをしていた。だが、最近はそんな気持ちを隠して、ステージではアイドルとして笑顔を振りまき、あんなに戸惑っていたファンサービスだって率先して行う。成長した彼のステージからは、彼の気持ちは分からない。
 君は今、何を考えているのだろう。

「お疲れ様、煉獄くん!今日のライブも最高だったよ、」
「ありがとう、名字さん!」
「フラスタの量も過去一番!あとで写真撮ってSNSに上げておくよ、一緒に映る?」
「む、それはいいな!」

 騎士をイメージした装飾、ブーツ、白いジャケット。色気を狙い手のひらの土手を露出した、真っ白の手袋。すっかりファンの子たちを魅了する彼は、まばゆい笑顔で画角に収まる。ファンサが得意になったって、ちょっと不器用なところは早々変わりはしない。ぎこちなくピースを向けてきている姿が、むしろファンの心をくすぐるに違いない、と思ってわざわざ今流行のポーズは教えはしなかった。
 着替えるために楽屋に引っ込む彼を見送って、SNSを開いて今日の報告、と短くわかりやすい言葉を並べて写真を添付。投稿すれば、すぐにいくつか反応が来る。そのひとつひとつが、誰かの気持ちだ。煉獄杏寿郎というアイドル──……偶像を愛してくれている。私も、過去はこうして、大好きなアイドルを追いかけていたというのに。なのに、……奇妙な予感に足首を掴まれた気になって、誰も居ない廊下で肩をびくりと震わせてしまった。ああ、いけない。メッセージアプリを開いて、煉獄くんに車を回してくる、とだけ伝えて社用車の鍵を手に掴む。……はずが、力が入っていなかったのか、廊下に音を響かせて落ちた。それを私が拾うより早く、ラフな私服に身を包んだ煉獄くんの靴先にぶつかり、彼はその長身を折り曲げ拾ってくれた。まさか、彼が着替えて出てきてしまうほど、外でぼんやりしていたなんて。

「ありがと、ごめん、助かったよ」
「拾ったくらい大したことじゃぁない!今日も家までお願いします、名字さん」
「はーい、任されました」

 手渡される瞬間、触れ合った手指がわずかに震えたことに、気付かれていないといいが。ぎこちのない動きで背を向け先陣を切った私の背に、彼の大きな瞳から注がれる視線が刺さっている気配がする。使い慣れた会場、関係者向けの駐車場までの道のりは知っているし、大した長さでもないのに、いくら歩いても、背中にうっすらと汗が滲むばかりで、終わりが、いつまでもない。
 まるで私にとっては永遠の回廊を進む最中、不意に名前を呼ばれて、彼の伸びやかな声が廊下に木霊したような気がした。

「名字さん、……どうしたんですか、あなたは、まるで牙を向けられた小動物のような瞳で俺を見ている」
「………そんなことはないでしょ、だって、私貴方のマネージャーよ」

 足音を響かせて、私の前に回る彼の伸びる影が、私を覆う。ゆっくりと視線を滑らせ見上げた先で彼は、まったくいつもと変わらない精悍な表情でこちらを見下ろしている。照明が逆光で、彼の表情にまで影が落ちているのが、妙に気になった。
 伸ばされた彼の手が、私の頬に触れる。散々踊って歌って、全てをこなしきった彼の体温は未だに熱い。火傷してしまいそうだ、と思うくらいに熱を感じるのは、私の体温が冷え切ってしまっているのがいけないのだろうか。血の気が引いている、とも言える。指先の感覚が乏しい。まさに彼が形容した通り、肉食獣を前に怯える草食動物、私の心地はそれに相違ないというのに、彼は頬を緩めて、穏やかに微笑みを佩いて私を見下ろすのだから、これはまさに彼の牙が喉笛を突いた決定的瞬間とも言えよう。彼は知らずのうちに、私の急所を突き刺し、貫いていることに気づきやしない!

「名字さん、俺は、貴方に隠していることがひとつある」
「隠し事?それくらい、誰にでもあるよ。ビジネスパートナーだけど、プライベートは必要でしょう」

 暗に拒絶した。彼はきっと私が気づき始めていることを知ったろう。だから、この拒絶で理解してくれたらよかった。諦めてくれたらよかった。だがそんな淡いものでもないらしい、彼の気持ちは、それだけでは止まらなかった。力強い手が私の手首を掴んで、その強さに驚く。それは彼も同様だったらしく、掴んだ本人ですら驚いていたから、すこしばかり可笑しくて、だというのにこの空気にひとかけらも笑いが溢れず、妙に冷めていた心が奥底で嘲笑した。

「別に、慌てて貴女をどうこうしようという気は、なかったが。俺の気持ちが先走るあまりに、好意が伝わってしまったから……俺を少しでも遠ざけようとしている、違うだろうか」

 なにひとつ間違っていないからこそ、言葉は詰まる。私の反応に自身の見解が間違っていなかったことに気づいたらしい彼は、手首を掴んでいた手のひらが私の腕の線をなぞって肩を抱き、ぐっとふたりの距離が詰まり、やがて撫で下ろしたその手は私の腰を抱く。踏ん張って離れるつもりだったのに、しなやかな筋肉に覆われた力強い腕はびくともしないで、いつの間にか私の身体はすっぽりと覆い隠されてしまった。ライブ終わりだから、ほのかに彼の汗の香りに混じり、私が与えた制汗剤の香りがする。彼は香水をつかいたがらなかったから、だ。
 鼓動が、私の感情を置き去りにしてどきどきと高鳴っていく、いや、置き去りにされているのは理性かもしれない。私は、なんのためにこの仕事に就いたと、彼は、それを、

「……待って、ねえ!私が、私がどうしてこの仕事を選んだのか、煉獄くんは知っているでしょう、」
「ああ、知っている」
「私は、好きなアイドルが、ファンと結婚して引退して、許せなかった、……応援できなかった!だからせめて、私が見るアイドルは、そんなことがないような、ファンに愛されるアイドルにするって決めてるって、……!」

 わかっている、分かっているのだ。ただのいちファンとして熱を注いでいた私は、大好きなアイドルが、ファンを第一に考えてくれていたのではなく、大切な人ができた、なんて見たことない顔で笑って、去ってしまったことが悲しかった。置いていかれてしまった、私の夢を壊されたと思った。だが、だがどうだろう、私がこうしてマネジメントをして、わかったのは、アイドルだって人間で、たくさんの期待と好きの上に立っている彼らはたった一人しか居なくて、誰かの期待に応えることはできても、全員の期待を掬えやしない。すべてを叶えることは、難しいということを。
 彗星に恋をしていた私は、愛することはできなかったから、期待を裏切られたと泣くことしかできなかった。それもまた、ファンのひとつの形でなにひとつ間違っていない。いないが、だが、……それは、アイドルの気持ちを、彼の、煉獄杏寿郎の気持ちを、大切にできていないのだ。彼の幸せを願うことも、またファンの感情、愛する気持ち。大切にする、気持ち。恋をするのも、ファンの気持ち。大切にしたい、気持ち。形が違うだけで、誰もが、アイドルを応援している。あいしている、頑張れ、大好きだよ、と、パワーをぶつけている。そのパワーを受け止める貴方が、恋をしているのが、私だなんて。

「私に、私に、……、昔の、わたしみたいな悲しむ子を、作れっていうの……」

 私の事務所は弱小だと称するに値するような、小さな会社だ。彼の人気を足がかりに事業を広げたい、と語った嬉しそうな社長の笑顔がよぎる。ファンだけじゃない、このままでは、私に仕事を親身に教えてくれた社長という恩師すらも、裏切ることになる。恐ろしくて、不安で、怯えてしまい涙を静かに瞳から零す私を、彼はきつく抱きしめる。
 ああ、気づいてしまっているのだろうか。ねえ、こんなこと、ただ私が貴方とは付き合えないと一言、振ってしまえばそれで終わりなのに、それができない訳を。貴方はそれを知っていて尚、こうして抱きしめているというの?そう問いかけてしまいたいのに、このまま、貴方に翻弄されるだけの私で居たい気もする。そうすれば、自分の愚かさも、罪悪感も、知らぬままで蓋をできてしまうから。

「俺が、むごいことを言っているのは理解している。だが、……俺は、貴女が好きだ、……」

 抱き込んだまま、耳元でささやく貴方の優しい声が耳朶を擽る。その腕の中から逃れられないまま、後頭部に添えられた手に上向かされ、涙で滲んだ視界の奥で私を見下ろす煉獄くんの瞳の暖かさは、いつまで経っても変わらない。
 ああ、そうか。……私は、初めて会ったときから、貴方に、惹かれていたんだろう。煉獄杏寿郎という、鮮烈な光に恋をしてしまった私は、貴方を銀河系の中心してみせるつもりだったのに、まさか、引きずり落とすことに、なりかねないなんて。結局、いつまで経っても、私は、永遠のアイドルなど、居ないのだと、苦しみに喘ぎこんなに俗らしいひどく虚しい心地で、貴方の腕に抱かれるしかできない。

「名字さん、」

 重なった唇は、ひどく熱くて、そのまま焼けただれて落ちてしまえば、もう二度と、こうして触れる事もできないはずなのに、しっかりとした輪郭を持って、彼の体温が私へ分け与えられるかのように、何度も何度も、重なっては、離れていく。掻き抱く彼の手が、私のシャツを、きつく握る感覚が伝わった。
 ああ、間違いない。……この太陽を滅ぼすのは、わたしだ。





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