明日に連れて行くよ

長い梅雨がようやく明けて、ようやく夏らしくなってきた。
しかし、こうも暑い日が続くと、長く伸ばした髪が汗でうなじに貼り付いたりして鬱陶しく感じられてくる。
本格的に暑くなる前に切れば良かったのかもしれないが、忙しくてつい先延ばしにしてしまっていた。
思い立ったが吉日とばかりに美容室に予約を入れる。
すると、程なくして私の担当美容師の煉獄さんから電話がかかってきた。

『名前か?突然すまない!君から予約が入ったと千寿郎に聞いてな。いてもたってもいられなくなって電話してしまった!』

煉獄さんは髪の調子や伸び具合を聞くと、一人納得したようで、丁度良い時期だなと言って電話の向こうで頷いている様子が伝わってきた。

『それでは、来店日を楽しみに待っている!』

「はい、よろしくお願いします」

電話を切って、ふうと溜め息をつく。
相変わらず熱い人だ。
情熱をもって仕事に打ち込めるのは良いことである。
私も彼のように仕事に対して情熱的になれると良いのだが。

予約していた日はあっという間にやってきた。

「いらっしゃいませ、名前さん」

「来たか!待っていたぞ、名前!」

受付で千寿郎くんと煉獄さんが出迎えてくれた。
千寿郎くんは煉獄さんの弟で、まだ学生のため、主に受付を担当している。
この美容室は代々煉獄一族が経営しているのだ。
ご両親である瑠火さんと槇寿郎さんはそれぞれお客さんについていたので、軽く会釈だけしてから煉獄さんの案内で席に向かった。

「大分伸びたな。毛先も痛んでいる。カットするには丁度良いタイミングだ」

「暑くて鬱陶しいので、思いきりいっちゃって下さい」

席に座り、鏡越しに髪の状態をチェックしている煉獄さんに告げると、わかったと頷いてくれた。

「よし、まずはシャンプーだな!」

暑くて汗をかいていたので有り難い。
椅子から降りて、煉獄さんについてシャンプーブースへと向かう。

案内されたシャンプーブースは店内の他の場所と比べて薄暗く、煉獄さんの巧みな手技と相まって私はいつもシャンプー中に寝てしまうのだった。

「ゆっくり休んでいいぞ」

「うう……今日は寝ないよう頑張ります」

「はは、そうか」

椅子に座るとケープとタオルを巻かれ、シートが倒される。
顔にガーゼをそっと乗せられて私は目を閉じた。

「身体の力を抜いてリラックスしてくれ。……そうだ、それでいい」

少し熱めのシャワーの湯が丁寧に髪全体に行き渡ったところで煉獄さんのシャンプーが始まった。

シャンプーをつけて、まずは大きく円を描くように豪快に泡立てていく。
力加減は強めでちょうど良く、まさに痒いところに手が届くといった塩梅だ。

時々指圧を加えながら、カシカシカシと煉獄さんの指が頭皮を擦る。

「痒いところや気持ち悪いところはないか?」

「はい……大丈夫です」

こめかみをギュムギュム押され、耳の後ろも優しく擦られて、あまりの心地よさに早くも眠気はマックスだが、我慢我慢。

そして豪快かつ丁寧なすすぎの後、もふもふとタオルドライのついでに耳の穴もタオルでくりくりっと拭いてもらって終了。
頭の汚れが綺麗に取れたという感じで凄くさっぱりした。

「眠ってくれても良かったんだがなあ」

眠気でよたよたしている私の肩をさりげなく手で支えてくれながら煉獄さんが苦笑する。

鏡の前の椅子に移動して、鏡越しに煉獄さんを見ると、真剣な顔つきで髪を梳いていた。

「長さはどうする?ボブくらいか?」

「それでお願いします」

「わかった」

櫛で少しずつ髪の毛を取り分けながら、煉獄さんはシャキシャキとカットしていく。
このハサミが鳴る音が好きだ。
プロの技という感じがして気持ちがいい。

「私も煉獄さんみたいに毛先だけカラー入れようかな」

「お揃いか!嬉しいが、止めたほうがいい。毛先は痛みやすいからな」

「うーん、残念」

あっという間に余分な髪が切り落とされ、頭がすっと軽くなった。

「もう一度シャンプーして、乾かして終わりだ」

名残惜しそうに煉獄さんが言った。

「あなたは早くお嫁にいらっしゃい」

瑠火さんが言った。
お客さんはもう帰ったようだ。

「杏寿郎は君にベタ惚れだからな」

槇寿郎さんが言った。

「早く名前さんを姉上とお呼びしたいです」

千寿郎くんが言った。

えっ、なにこの家族ぐるみで丸めこみにくる感じは。

「皆、気が早いな!俺達は交際もまだだと言うのに」

「そ、そうですよ!」

シャンプーブースの椅子に座った私の頬を包み込んで煉獄さんが上から見つめてくる。
真剣な表情がちょっと怖い。

「名前」

「は、はい?」

「好きだ。結婚を前提に俺と交際して欲しい」

「えっ」

「シャンプーの間、寝ていていいぞ。キスをされても構わなければ、だが」

「ええっ」

冗談だと思いたいが、煉獄さんの目は本気の目だ。

せっかくの大好きなシャンプータイムなのに目が冴えて全くリラックス出来なかったのは言うまでもない。





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