「あーおいっそらー、しーろいっくもー」

ミツは鼻歌交じりに歌を歌いながら、食べられる山菜や茸を取っていく。

「ゆーやっけこーえーてー、よーるがっくる〜」

焼くと美味しい茸。味はいまいちだけど出汁はうまい山菜。毒茸。いれると全体の味がしっかりと引き締まる山菜。シャキシャキしてて食べ応えがある山菜。根っこに麻痺成分が入ってる山菜。
色々な材料を幾つかの籠に区別毎に取り分けて入れていき、目標の数を達成した頃には太陽が西にある向こう側の山に沈んでいた。

「あちゃー、今日中には銀楼寺に着きたかったんだけどなぁ」

流れる汗を拭いながら、目を細めて茜色に染まる空を少しの間、佇んで見つめていた。
カァ。烏の鳴き声が耳に入る。
数匹で飛ぶ烏に視線を移し、ミツは山菜と茸が入った籠を大きさの順で重ねていき、一番下の籠を持ち上げ駆け足で獣道へと走った。

「お、あったあった」

人目に付きにくい獣道に隠しておいた自分の荷物と少量の小枝を回収し、さて今夜の宿はどうしようかと首を捻る。
周辺を歩き回り、生えている木々の配置によって深夜の凍える風を凌げる丁度良い場所を発見したので、笑みを浮かべて荷物と籠を起き、手慣れた手つきで火を熾す。
土がついた茸を水筒の水で清め、細長い枝に刺して焚火で炙る。

「いつもより冷えるねぇ」

木々によって風を通しにくいベストポジションとはいえ、壁がない以上防ぎきれない。
焼き上がった茸を咀嚼しながら、全身を襲う秋の夜風に肌を擦った。

(そろそろ冬だ)

荷物から折り畳まれた布を取り出して、ぐるぐると身体に纏っていく。
女だてらに、そこいらの男よりも頑丈なこの身。冬に程近くなった秋の夜であっても、薄い布が一枚あれば風邪を引くこともない。
三個目の茸を完食し腹を満たしたミツは焚火を消そうと土を集め始める。

パキリ。

山賊対策に設置していた罠が発動した音を聞き、急いで土を放り投げ焚火を消すと右手を伸ばして荷物から短刀を取り出し、逆手に持ちながらその場から姿を消す。
頑丈な木の枝の上で、息を潜めながら周辺に目を光らせた。

「……?」

今宵は新月。光の射しこまぬ夜に響く足音は一人分だけだった。
足音を隠す気もない歩き方、それもかなり軽い。これはもしや子供だろうか。
ゴーグルを額にずらし、クリアになった視界で注意深く目を凝らす。
そうして発見した、小さな身体。

(襤褸切れか)

ミツは暫し薄汚い格好をした物体の挙動を観察したが、どうにも襲撃の様子は見られなかったので、短刀を鞘に納めて首の後ろに手を回しながら物体を見下ろす。
あの服装とこんな時間に山の奥を彷徨っていることから、きっとあれは戦孤児だろう。
先月に近くの土地で合戦が起こり、村々が焼かれたという噂を耳にしていた。
恐らく、先程まで漂っていた夕飯の茸の匂いに誘われてやってきたのだと思われる。

放置してもいい。
いや、放置すべきだ。

「……!」

満場一致の意見は、物体――子供の目を見て、あっというまに翻った。

「ねえ、君」
「わあっ!?」

枝から飛び降り、頭上から突如として出現したミツに子供はガサついた声をあげる。
尻餅をついてミツを見上げる子供の表情を改めて確認し、満足そうに笑いながら手を差し伸べた。

「生き抜く知恵を教えてあげる、一緒に来るかい?」

かけた言葉はそれだけだった。
それで十分だと確信していた。
子供は最初ぽかんと口をあけてミツを見上げていたが、ハッと我に返ると、眉を吊り上げてこう言った。

「おねーさんについていったら、おれ、生きられる?」
「君次第だ」
「……おれ、おねーさんといっしょに行くよ!」

事実、その通りになった。
熱に浮かされたように強く言葉を放った子供は自分の手をミツの手に重ね、引っ張られて立ち上がる。

「私は桜木ミツ、よろしく」
「おれはきり丸……よろしく」
「おいで、きり丸」

ミツは焚火があった場所まできり丸の手を引くと、地面に座らせて火を熾し直す。
焚火の明かりによって、きり丸の土埃がついた顔や襤褸くなった服、腕や足についた数多の擦り傷が露わになる。
茸を炙りながら、ミツは自身が纏っていた布をきり丸に渡す。
きり丸はミツの行動を訳が分からないまま眺めていたが、布を広げながら首を傾げた。

「これは、どうすればいいの?」
「真夜中になればもっと冷え込むだろう、ぐるぐるに巻いて寒さを凌げばいい」
「おねーさんはどうするの?」
「一日くらいどうとでもなるさ。はい、ご飯」
「ごはん……!」

申し訳なさそうに布とミツを交互に見つめていたきり丸は、香ばしい匂いを発する茸が刺さった枝に目の色を変えて飛びついた。
一心不乱にがつがつと茸を食べ尽くすきり丸。
瞬く間に平らげると、ミツはきり丸から小枝を取り上げて次に準備していた茸を刺し、再び炙り始める。
パチパチ。焚火の音だけが周囲に響く。

「……おいしい」
「それは良かった」

二個目の茸になると、きり丸もさっきよりはゆっくりとしたペースになった。
ぽつりと囁いた声に返される、淡々とした、けれどハッキリとした言葉に、きり丸は目頭が燃えるように熱くなるのを感じる。

「ぐすっ……ぐす、ぐず」

きり丸は布を皺が出来るほど固く握りしめ、茸を一口ずつ噛みしめるように食べ進めていく。
堰を切ったように涙を流し、鼻を啜りながら膝を抱きしめる。
木の棒を折って焚火に放り投げるミツは静かにその様子を見守って、膝を抱えて頬杖をついた。

「あの、もうおなかいっぱい、だから」

茸を食べ終えたきり丸は、か細く荒れた小声でおずおずと小枝をミツの方へ向ける。

「いいの?」
「うん」

小枝を受け取ると焚火に焼べ、立ち上がるミツ。

「それじゃあ今日は寝ようか。私の目的地は銀楼寺だから」

きり丸の先程焼べたばかりの小枝のような足を盗み見て、ミツは距離と時間を計算し、地面を蹴って背後の木の枝に飛び乗った。

「明朝から出発するぞ、しっかり睡眠をとるように」
「ぎんろうじ……」
「火が残ってる内に寝な、おやすみ〜」
「お、おやすみなさい」

ミツは枝の上に座り込み、軽く挨拶をかけるとそのまま腕を組んで目を閉じる。

「……あそこでねるんだ」

呆然と見つめていたきり丸だが、パキリという音と共に焚火の明かりが小さくなったのを見て慌てて地面に横たわる。
子供の身では有り余る布をぎゅうと握り、包まりながらきり丸もまた目を閉じて眠りにつくのだった。


これが二人が初めて出会った日のことである。





      本を表紙で判断するな。
Naõ julge um livro pele capa.




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