「いてっ!なあミツねえちゃん、これさっきからチクチクしてばっかなんだけど」
「針をちょっとだけ刺して、先端を出してから釦の穴を被せれば良い」

あの公魚釣りの一件で、銀楼寺の和尚を筆頭に様々な人たちにこってりと絞られたミツは、一先ずはきり丸を冬の寒空の下に連れて行くのを止めて、部屋の中で大人しくしていた。

「あ、ほんとだ!」
「二回目からは位置に気を付けて」
「さいしょっからおしえてくれりゃいーのに……ほら、こんなにさされた」
「まず自分で考える。他の誰かに頼るのはそれからだ」

外を出回れないとなると、活動範囲は銀楼寺の敷地内だけになる。
ではきり丸の傷が癒えるまでの間、何を教えようかとうんうん唸りながら腕を組んで暫く悩んだ末、中庭を掃除する僧が着ている袈裟の袖が解れているのを見て、裁縫はどうかと思いついたのだ。

「うん」

ミツの言葉を受け、きり丸は頷きながら口元をまごつかせて手元に集中する。
手に職をつけるのは大事だからとメリットを明瞭に言われればきり丸は真剣に裁縫に打ち込み、何度かアドバイスを貰いつつ袈裟の空いている穴や解れてしまった箇所の修補を続けていく内に、針の穴に糸を通し服の穴を縫っていく一連の作業に手慣れていった。
うっかり勢い余って針がきり丸の指を貫通しないかちらちら横目で様子を伺っていたミツだったが、裁ち縫いの腕が瞬く間に上がっていくきり丸に目を瞠る。

「凄いな。もう四着目か」
「へへ、なれればかんたんだな」

ミツは六着目に突入していたが、裁縫初心者のきり丸と比べれば二着分の差しかない。
小袋に出来た穴を塞ぐ為に似た色の布を適切なサイズに鋏で切りつつ、きり丸が縫った着物に視線を投げる。

「きり丸の手先は私よりも器用かもしれないなぁ」

一着目は糸がよれていて玉止めも甘い。それが二着目、三着目になると一気に改善されている。並んで見比べればきり丸の上達速度がよく分かった。

「そう?」
「そうさ」
「ふぅん」

本人に自覚は無いようだったが。
興味が薄い空返事をして、修補を続けるきり丸。集中力が高まっているようで、チクチクと縫う速度が段々と増していた。

「休憩をしないか?」
「……」
「きり丸やーい」
「……」
「おおい、きり丸くん」
「……」

極限まで高まりきっているようだ。幾度もミツが話しかけても、きり丸は修補の手を止めない。
当初はきり丸の指をチクリと刺して反乱していた針をあっさり手懐け、次々と綺麗に直している。
その究極の集中力を見て、ミツは「ほう」と感心したように笑う。
自分の分の着物をきり丸の分の着物と混ぜて追いやった。別に、バレなさそうだから自分のもやってもらおうとしているわけではない。経験になるからと気を遣っただけである。

手持ち無沙汰になったミツは壁に凭れ掛かり、黙々と裁縫を続けるきり丸を観察する。
きり丸は一言も己の身に降りかかった不幸を嘆く声をあげない。

「つりはにいちゃんよりおれのがうまかった、」
「あ、この草しってる、きずにあてたらなおるってかあちゃ、」
「村のちかくにさいてた花ににて、」


偶に過去を匂わせる発言はしたが、それは思わず口を滑らせたかのように不意を突いて出るばかりで、それから二度と喋るまいと口を噛んで黙りこくる。

「……」

きっとそろそろ雪が降る。
人の視界を覆い生命を削る、本格的な冬がやってくる。

「……」

きり丸を見て、余った布と糸を見て、ミツは針に右手を伸ばした。





さあ次だ。次の作業に取り掛かろうとして、片手で新しい糸を取りながらもう片方の手で着物を手繰る。
しかし、右にも左にも奥にも、何処に手を向けようが着物に手が当たらない。
どこにあるのだろうかと振り向くと、そこには一着も残ってはいなかった。

「あ、もうおわりか」

顔を上げれば、微風が入らないように閉められている窓越しに確認できる外の色はすっかり薄暗くなっており、室内の明るさも相応に失っていた。
そのことに気付かないほど裁縫にのめり込んでいたのか。きり丸は目を丸くする。
ミツに声をかけようとして、きり丸の頭の中では先程までミツが座っていた場所に顔を向けるが、そこには座布団が一つ残っていただけ。
ぽつん。修補された着物が高々と積まれているのを見上げ、一人部屋に残されたきり丸は掛布団を持ち上げて肩にかけた。

「さむっ」

日が沈みつつあるからか、無性に肌寒かった。
怪我人は動かないようにとミツと一緒に注意されているので、身体中の擦り傷がまだ残りほんのりと足首も痛むきり丸は、大人しく布団の中でじっとしていた。

明かりのない客間は、あっという間に夜に溶け込んだ。
厠が近い気配はなくやることもなくなった。腹も然程減っていない。暗闇に段々と目が慣れていき、視野が広がるとこの一室に自分だけが存在していることがよく分かる。一人しかいない空間が。

「……ねようかな」

囁き声を掻き消す襖の開閉音が室内に響く。

「すまんきり丸、蝋燭を持ってくるのが遅れたな」

テキパキと蝋燭と御膳を布団の側に置くミツに、きり丸は咄嗟に身体を起こした。

「み、ミツねえちゃ、」
「ついでに夕飯の時間だ、今日は私が握ったおにぎりだぞ」

こんもりと積まれた着物の山を崩して、修補された箇所を確認していくミツをきり丸は掛布団を被りながら見遣る。
夜になってもゴーグルは外さないんだなぁ。なんて、ぼんやりと考えた。
着物の確認を続けるミツはぼんやりしているきり丸の額を小突いて。

「冷めるだろ、早く食べな」
「うん」

蝋燭の光で手元が照らされ、おかずを頬張ってからミツが作ったらしい形の崩れた俵おにぎりを口に含む。
腹は空いていなかった筈だが、不思議と口に放り込んで飲み込む動作が苦に感じない。

「うまい?」
「ん。……でもこれ、一回食べただけでぼろぼろくずれるな」
「食べ方が悪いに違いない」
「ひとのせいにすんのはんたい」

そうしている内に確認を終えたミツは、「皺になったらいけないから畳むんだ」と言いながら袈裟や着物を畳み直して一直線の山に整えた。

「ああ、そうそう」

最後の一口を食べるきり丸の顔を見て、ミツは思い出したように手を合わせる。
夕飯を完食して箸を御膳に戻すきり丸に黒い布切れが差し出された。

「これからぐっと寒くなるからな、きり丸用のマフラーを編んでみた」

きり丸は丸い目を限界まで丸くしてから、ミツと布切れとを見つめる。
夜を迎えた部屋に沈黙が訪れ、それをきり丸が破った。
おずおずと、「おれの?」と問うてきた声に、ミツは直ぐに頷いた。
掛布団を放り投げてマフラーを手に取り、そうしてゆっくりと首に巻く。

「よく似合ってるよ、きり丸」

蝋燭の火がゆらりと揺らいで、瞬間的に光が強まった灯火により、ミツが浮かべた笑みがハッキリと目に映った。

「ぁ……ありがと、ミツねえちゃん」

肌寒さは何時の間にか消えていた。





         実践あるのみ。
A prática leva à perfeição.




戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -