陽の光が入ることのない夢幻城。その最深部に存在する広い一室に、私は横たわっていた。
瞼を閉じれば当時の出来事がありありと鮮明に思い出せる。
『俺の元に戻れ、無限』
仄暗い熱を以て私を求める鬼舞辻無惨。浅ましくも喜ぶ己がいた。否定しようがない事実。だから、殺した。今までと同じように精神を律し、私が為すべきことを為したのだ。
起動装置を作動させたまでは良かった。
しかし、あの男は既に血鬼術を使用していた。あの男を傷つけるどころか、私はあの瞬間に死ぬことが叶わなかった。

「無限、無限、無限、ナマエ、無限」

死ぬべきだった。あの男に傷を負わせることが出来ずとも、私だけはあそこで死ななければならなかった。

「ナマエ、ナマエ、無限」

無惨はもう、表舞台に立つつもりがないのだ。人間だけの力では夢幻城に侵入することは不可能である以上、子供たちの刃は無惨の頸に届かない。

「ナマエ、ナマエ、ナマエ……ああ、だいぶ口に馴染んできたな」

かつては今にも折れてしまいそうなほど弱々しく痩せ細っていた指は、健やかで瑞々しい男の指のそれに代わっている。
私の全てを堪能すべく、ゆっくりと艶やかに無惨は指を走らせた。呪いによって変形した肌も、なんとか健全を保っている部位も。
あの時と同じく、繊細な壊れ物に触れるような手つきで。

「ナマエ……愛しているぞ」

ああ、ああ、まったくもって悪い冗談だ。
何故貴方は、その言葉を以前の己に言ってくださらなかったのか。



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