「兄上は今日も麗しい……明日もきっと麗しいぞ……」

本日も剣道部で竹刀を振るう兄上の姿をこの目に収め、ほくほくしながら先に家に帰った。文武両道で剣道部のエースである兄上と違い俺は何処にも所属せず帰宅部で、今生の両親は仕事で忙しくあまり帰ってこれないから時間が余っている俺が家事支度をするのだ。
毎日稽古に勉学と忙しく過ごす兄上。少しでも役に立てれば良いと朝早くに起きて弁当と朝食を作り、剣道で汗を流す兄上を帰る前に少しだけ見学してから帰路の途中にあるスーパーに寄って買い物を済ませ、家に着けば洗濯物を回しながら夕飯を作る。

(なんて充実した日々だ!)

平凡な人間であった時の自分と戦国時代で何も為せなかった時の自分、それぞれの記憶を取り戻した当初は何故斯様な記憶が己に宿ったのか甚だ疑問であり、辛く厳しい時間を過ごしたが、記憶の所為か大熱を出した小さい自分を小さい兄上は必死に看病してくれた。
熱で汗を垂らす度にタオルで拭ってくれる記憶のない兄上の姿を見て、俺は悟った。
こんなもの、どうだっていいではないか、と。
奇しくも俺は再び兄上の弟として生まれた。それが幸運であるか不運であるかは、今後の生き方次第。この奇跡は幸運であると証明すべく、今度こそ兄上が自慢できるような弟足らんと決めたのだ。

「兄上、お帰りなさい。今夜は炒飯と余り物の野菜をいれた味噌汁だよ」

前世の影響が強い為兄上にはついつい敬語を使ってしまいそうになるし、正直なところ恐れ多いとも思っているが、兄上が止めろと言うので止めている。この時代の兄弟は敬称も敬語も使用しないので、記憶が無い兄上には違和感極まりないのだろう。
何時もの帰宅時間よりもやや遅れて帰ってきた兄上に、エプロンを解きながら振り返った。

「――ナマエ、」

エナメルバッグが床に倒れ、兄上が愛用している竹刀が入った竹刀袋がずるりと肩からずり落ちる。兄上はまるで信じられないものを見たかのように目を見開いて俺を見つめていた。

「どうかした?」

ああ、とか。嘘だ、とか。なぜ、とか。いつもハキハキとしている兄上らしからぬ支離滅裂な言葉が小さく口から零れている。不肖の弟である俺には、兄上がどうしてこうなっているのか分からなかった。
顔色が悪くなった兄上が心配だったが、携帯からメールの着信を知らせる音が鳴った。返信は後回しにするとして一応内容だけは確認しておこうとロックを解除する。着信相手は煉獄だった。

「……ああ、そういうことか」

何故、兄上があのような態度をしているのか納得がいった。書かれている文面を一瞥すると、この時代に生まれ落ちて初めて五臓六腑が煮え滾る炎に焼かれる感覚に襲われる。

「兄上」

携帯を握りつぶしてしまわぬよう最大限の注意を払いながら、兄に声をかける。肩を震わせた兄上の目は何かを恐れているようでもあり、何かに縋ろうとしているようでもあった。

「兄上をこのような目にあわせた輩をこの世から駆逐して参りますので、暫しお待ちを」

『巌勝が帰り道、産屋敷によく似た男に声をかけられていた。何やら異様な雰囲気で、直ぐに別れて帰ったように見えたが巌勝はちゃんと家に着いているだろうか?』

今生でも兄上にちょっかいかけやがって存在自体許さんぞ鬼舞辻。



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