「鬼舞辻、無惨」
見開かれた赫色の双眸が無惨の意識を貫いた。 肌を突き刺すような殺意がどろりと滲み出た、あの赫色。
(――なんだ、あれは)
鬼である無惨が持つ紅梅色の瞳よりも余程鬼らしく血のように光り輝いた赫。 この赫色がその他一切眼中になく自分だけを見つめているという贅沢。 赫を一目見た時、無惨はただ思った。
(欲しい。あれが、欲しい)
あの赫色の双眸が己のみを映す未来を幻視した無惨は、腕に抱く義理の娘と傍らに立つ仮初の妻の存在も忘却の彼方に追いやり、無意識の内に一歩、喧騒の向こうにいる少年に身体を動かした。 二歩目を進める前に、はたと無惨は気付いた。 今も脳味噌に刻まれている忌々しいあの耳飾りが、少年の耳で揺れ動いていることに。
(ク……ッソ、) 「チッ」
無惨の憎悪の籠った舌打ちを、娘は確かに聞いた。 冷たく暗い舌打ちを行ったのがまさかこの暖かく優しい父であると娘は思いたくはなく、惚けた顔で父を見上げる。 ――――ひくりと喉を震わせ、後悔した。
「お、おとう、さん?」
娘はまだ幼かった。女学校に通う年齢に達してもいない、小さな子供だった。だから分からなかった。 父だと思っているこの男は本物の父ではなく、本来の父はとうに喰い殺されていることも。 男が浮かべた表情の意味も。
「……今回は仕方がない、か」
男が呟いた言葉も、その何もかもが。
そして、"鬼"が現れた。
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