真菰と錆兎、二人と過ごす時間は楽しかった。 同世代の子と毎日過ごすことは今まで経験したことがなったので、共に行っていることが遊びでも勉強でもなく鍛錬だという違いはあれど、一致団結して精進するこの感覚は、私の胸を躍らせる。 特に指南役の真菰とは一対一で喋る事が多く、のんびりとした性格でノリも良く、会話がテンポよく進むのが心地良い。 「さびちゃんばっかり狡いな。真菰さんって呼ばれたことないから新鮮だったけど、私も名前で呼んでよ」 「はい。真菰、でいいですか?」 「うん……雪成」 「今日は霧が濃いね、あんまり前が見えないや」 「そうですねえ。私は視覚よりも先に嗅覚で確認してしまうので、殆ど気にしていませんでした」 「鱗滝さんと一緒だ」 「一緒ですね」 「羨ましいなぁ」 「真菰は鱗滝さんからその面を頂いているではないですか、手作りの面で一緒ですよ」 「え、分かるの?」 「作り方が同じなので。目を凝らせば分かります」 「そっか……やっぱり見れば分かるものなんだね」 「あっ、雨降りそう」 「くんくん……雨が降りそうですね」 「一旦止めにしよっか。あっちに大きな木があるから、そこなら雨宿りしやすいよ」 「忝い」 「……わあ、本格的に振り出しちゃったね」 「ざあざあ本降りですね」 「雷も鳴ってる」 「あちゃー……雷は高い木に落ちやすいので危ないですね」 「高いだけの木なら他にいっぱいあるから大丈夫」 「なるほど」 「夕方までに止めばいいけどなー」 「夜まで続いたらきついですねえ、濡れた服を洗うのは避けたいですし」 「鱗滝さんが傘持って迎えに来てくれるよ」 「ふふ、それもそうですね」 「他の子供たちに羨ましがられるの」 「なにを?」 「雪成とお話するのを」 「真菰の友達なら大歓迎ですよ」 「皆を紹介したいけど、私とさびちゃんの二人でもうぎりぎりなんだ」 「そうなのですか」 「うん、定員おーばーというやつ」 「真菰は覚えが早いですね」 「新しい事を覚えるのは好きだよ。雪成は沢山のことを知ってるから、お話を聞くのも好き」 「ねえねえ、雪成」 「なんでしょう」 「干物っておかずになるの?」 「なりますよ」 「へー」 「なのでこうして干物とおにぎりを食べまくっているわけで」 「いっぱい食べるねえ」 「干物を干す為の専属のスペースを鱗滝さんが用意してくださったんです。これを活用しない手はないですよ。でも一度作り過ぎて怒られました」 「あはは」 真菰との会話時間に反して、錆兎は私が挑むのを止めると直ぐに去ってしまうのでそれほど対話をしない。話しかければ普通に返事をしてくれるが、戦っている最中はどうやって一本取ってやろうかとひたすら思考を割いているので会話は無く、体力回復の休憩中くらいしか話せないのだ。 錆兎の教え方はひたすらに自分で察せ、自分で見抜け、自分で考えろ、と己の力で答えに近付けさせようとする鱗滝さんと同じタイプ。なので地面にひっくり返される私を見下ろしてどの動きが良かったのか悪かったのかを言ってくれることはあっても、どうすればいいのかやり方を口出ししてくることはない。ただ身体に叩き込んでくる。 錆兎との試合で実地を積んでいき、真菰からのアドバイスで戦い方を調整していく。 二人に教わるようになってから、早朝に一度する大岩の試し斬りはしていない。錆兎に勝利できるような実力を身に付けて、それで挑戦しようと思ったからだ。 そうして月日は過ぎ、ついにある日、錆兎は腰に下げる刀を木のものから真のものへ変えた。 「私もようやく錆兎と戦える領域に達したということですね」 「そういった自惚れたことは俺に勝ってから言うんだな」 何時も通りの一騎打ち。 何時もと違うのは、私も錆兎も真剣を構えているということ。 より強く、より速い方が勝つ。 (――――見えた、"隙"だ) 錆兎との戦いを繰り返し、山下りと訓練を繰り返し、強くなっていくにつれ、嗅覚もまた向上していった。鋭くなった嗅覚は同じく研ぎ澄まされた視覚と同調し、相手の"隙"を捉えることを可能にした。 視覚よりも嗅覚が優れている事に違いはないので、隙が見えるのではなく隙を嗅いだと言った方が正確なのだが、隙が見えたと言い表した方が語感がいいのでなんとなく此方を使っている。 まあ、そんなごちゃごちゃした話はどうでもいい。 勝負はついた。 隙を突き、刀を振る。 錆兎の顔を隠していた狐の面が真っ二つに裂け、素顔が見えた。 笑っていた。 泣きそうな、嬉しそうな、安心したような。 そんな笑顔で私を見ていた。 「今の感覚を忘れるなよ……雪成」 「……勝ってね雪成、アイツにも」 優しげな声が耳に届き、それに聴き入っている内に二人は姿を消していた。 錆兎の面を斬った切っ先は対象がすり替わっており、先程とは別の切断面が見える。 こうして私は大岩を斬ったのだ。 「ありがとうございました、貴方方のお蔭です……真菰、錆兎」 戻る |