真菰さんは指南役として私の悪い癖、無意識にとっている無駄な動きを指摘し直してくださった。

「この腕の振り方って鱗滝さんが教えたわけじゃないよね。でも誰かに習ったような……ううん、見て覚えたような動きをする時がある」
「ええ、私の戦い方の半分は鱗滝さんから教わりましたが、もう半分は最も私に近しく遠い、昔から追いかけている方の背中を只管見て盗みました」
「そっか、憧れてる人ってだけじゃなさそうだけど……」
「……私はあの人が辿り着いた境地に追いつき、追い越さなければなりません」

素振りを止め、手拭いで汗を拭きながら苦笑する。

「憧れているだけでは駄目なんです。そうしていたらどうしても、相手と自分に一線を引いてしまう。相手よりも上に行けなくなる」

あの強さに並び立つだけでも相当な鍛錬と苦労を重ねなければならないのは、分かっている。
努力だけじゃない。切磋琢磨する仲間、率いる部下、守るべき命、後に引けない状況、憎き強敵、救いたい友。全て合わさってかつての自分は強くなった。

「私が彼を目指そうと決めたのは……人様に石を投げられ罵倒されるようなこともある、そんな生き様だったのに。私はあの在り方と強さを、善きものだと思ったから」

そもそも、鬼が人を殺したからなんだというのか。
鬼は人が変化した姿。人の延長線上に鬼はいる。
食べる?弄ぶ?目的なく殺される?その行為は鬼の専売特許ではない。
鬼は母数が少ないのもある、鬼は昼間活動し辛いのもある、鬼は頭脳が優れているものが滅多にいないのもある。
それらを差し引いても、鬼が奪った人の命の数はとても少ない。
人の命を奪うのは。人の命を最も奪っているのは。それは人だ。
元々は人だった鬼が人を殺して、何を激しく憤るのか。

理不尽に身内や知り合いの命を奪われて怒るのは分かる。私もずっとそうだから。
復讐心が芽生え仇を取ると誓うのは分かる。私もずっとそうだから。

だが結局人は死ぬ。何が原因であれ。
終わりを早めさせられたことに怒って、相手を殺す。命を以て償わせるというのは傲慢な行為で、ただの個人の事情だ。命を奪う行いに至った理由はなにも関係ない。殺しは殺し。
相手も自分も、己の事情と都合で殺しているに過ぎないというのに。何故、さも自分は正しいとでも言いたげな顔で殺すことが出来るんだろう。

いや、"正しい"のは別にいいのだ。自分の中の正しさを貫くのは、善いものだと思う。
しかしただの殺害に過ぎないそれを、まるで正義であるかのように正当化して振る舞う大衆どもに、かつての自分はいつだって首を傾げていた。それを視た私も、同じように首を傾げた。

かつての自分が"天人"や"幕府"といった数多の命が内包された概念を憎んだように、今の私も"鬼"を憎んでいる。
今も昔も同じくこの三つは好きになれない。
そして、概念に内包された数多の命と命の中にあるそれぞれの個性を無視して全て殺そうとする周囲の考え。それを真の意味で理解することが出来ないのも、今も昔も同じことだった。
そういった自分の思想は、他人の思想と乖離していることぐらい分かっている。だからかつての自分は矛先をずらし、誤魔化し、なあなあにしてきた。心に寄り添ってくれる仲間はそんな自分を理解してくれていたから、それ以外の他人には面倒臭がって煙に巻いてきた。

他人にとっての常識は自分にとっての常識ではない。そこには明確な差が存在する。自分の意見を素直に出していたら出る杭を打たれてしまう。故に、それらしく取り繕って生きたのだ。
しかし、本心を捻じ曲げてきたつもりはない。

私は私自身の為に生きている。私がそうしたいと思ったからしているし、私がしたくないと思ったことは無視か、極力他人に押し付けている。守るのも助けるのも愛するのも、それは全部私がそうしたいと思ったからだ。結果的に他人の支えになっていることが多いだけで、少し方向性が狂えばただの人でなし。クソ野郎。

「考えの主軸はどうしようもなく"自分"で、自分がやりたいかやりたくないかであり、取り繕い隠して良い人間を演出することだけは立派。ああこれか、と思いました。納得がいきました。私は、私も、そうやって生きていくのだと」

あの記憶があろうとなかろうと、私は結局あの生き様を磨き上げて生きていくことになるだろう。
やりたいことをやる為に、その為に必要なことはなんでもやるだろう。

「自分を押さえつけることをしたくなかったんです。あれが一番私が私らしく生きられるものだった。自分に合っているんだと、初めて視た時に直感したんです」

力が無くては何も救えない。想いだけじゃ駄目だった。自分よりも遥かに大切だと思えた存在を、かつての私は取りこぼし死なせてしまった。そして私も同じだ。大切な存在を取りこぼした。守れなかった。死なせてしまったから。

「私が進む道の先で、あの人は聳え立つ壁のように立っている」

取りこぼした数多くの中で、それでも唯一、ただ一つだけは。弟が生きてくれていたから。

「あの人をぶっ飛ばし、あの人が届かなかった道を突き進まなくては――私は、炭治郎を救えない」

ただ生き様が善いと思っただけなら憧れのままでいい。何もしないでいい、普通に歩いているだけでいい、私は私なのだから死ぬ瞬間に辿り着く。
しかし、かつての自分の全てを凌駕するには、それでは駄目だ。

「ですので……ありがとうございます、真菰さん」
「えっ?」
「私の修行を毎日助けてくださる。お二人には本当に感謝しております」
「助けてるのは……ううん。お礼なんていらないよ、別に」
「では勝手に感謝しておきますね」

にっこり笑顔を浮かべた。私がそうしたいと思う限り、いらないと言われてもやる。手助けする理由がどんなものだろうと、仮になにもないただの気まぐれであっても、私は恩義を感じている。

「……雪成って」
「はい?」
「……」
「?」
「…………なんでもない」

会話の間があいて真菰さんの言葉を待っていると、曖昧に誤魔化された。お返しと言わんばかりのにっこり笑顔で。

「はい、休憩終了。もう一回素振りやろう」
「ええお願いします」

真菰さんと錆兎くんに教わるようになってから二週間、まだまだ錆兎くんには敵わない。


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