名称に入るだけあって霧が濃く、視界が悪い。故郷の山よりも高度がある。何処まで登るのか分からないですが、どのような無茶振りをされても達成して弟子入りしなければ。家族を殺し炭治郎を鬼にした者は鬼。死で償わせるには鬼を殺す技術を身に付けなくてはならない。
それに何よりも、弟を守り通すには今の私は無力すぎる。

「ここから山の麓の家まで下りてくること。夜明けまでにだ」
「は」

い。あ、返事しきる前に消えてしまった……早い。全体はまだ掴めていないですが、此処はきっと山頂に程近いと思う。ただ下りるだけなら鱗滝さんの後ろをついていって家に着いたさっきと大差ないので、霧で下り辛いとはいえ他に困難があるはず。
鱗滝さんの匂いは既に覚えているから、迷うことはない。一先ずは警戒を怠らずに下山……するしかないですね。方角はこっちか。

「!!」

片足が何かを引いた。目を凝らすと縄が見える、これだ。匂いと気配を全力で同時に探ると、鋭い音と共に左方向から幾つもの飛礫が襲い掛かってくる。数は六。避ける、どうやって、しゃがむ前右左斜め後ろ……後ろに何もないことは確実たった六個下がれ!

「はー、やれやれ……」

私の身代わりとして木が犠牲になった。飛礫が当たった跡をよく観察してみると、少し剥げていた。もし身体に当たっていたとしても死にはしないだろうダメージだ、鱗滝さんの配慮が見て取れる。自分の不甲斐無さで胸を掻き毟りたくなった。

「駄目、全っ然、こんな子供だまし、発動させるな、馬鹿!」

山の空気の薄さに身体がついていけてない状態、この調子で罠に引っかかり続けていたら朝までに麓に下りられないです、この愚鈍が!クソッタレめ!ばちばちと頬を叩き、気合を入れる。

「……深呼吸、深呼吸」

体力を無駄に消耗してしまえば失神の可能性だってある。最小限の動きで最大限の成果を。すーはーすーはー。制限時間が夜明けなのは鬼の出没する時刻なんだろうな。すーはーすーはー。鬼を想定して罠を設置、朝まで時間稼ぎが出来れば命があるだけ鬼狩り側の勝ちなのか。すーはーすーはー。……うん。OK。大丈夫、今の私の武器を使えばいい。精神を落ち着かせた状態で、辺りの匂いを嗅いだ。

(よし、嗅ぎ分けられる!)

こんな難所の山には滅多に人は登らない、自然の匂いが大半だ。唯一、鱗滝さんの匂い以外は。この山を登れる人である鱗滝さんが手掛けた罠には他と比べて彼の匂いが濃く残ってる、いける、私は下りる。

「うおぉお!?チッ!!」

最初に引っかかった縄よりもずっと細い紐で括られた罠を踏んでしまい、土に隠された網に捕らわれて宙ぶらりんになってしまった。はい、そうですね、気合を入れたからってそんなすぐ上手くいくわけないですよね、人生甘くないですねはいそうですね!
懐から短刀を取り出して線に沿って切る。木の上からは彼の匂いがしないので、地面に下りず枝を伝った。

(まったく、記憶の私ならばきっと)

昔の私だったのなら。今の年齢と同じ頃の昔の私は、鼻で笑って下山可能でしょうに。目を瞑ってても出来たかも。あ、それは言い過ぎですか?あはははは。……ああ虚しい、阿呆らしい。
ぬくぬくと生きてきた私が記憶の私を羨んでも、なんの生産性もないだろう。比較しても無意味だ。時間の無駄だ。切り捨てよう。そうやっても、また新しく生まれてきてしまうから意味が無い。何度でも何度でも。

どうやっても無くならないのなら、それを糧にするしかない。羨望を向上心に置き換えて生きていくしかない。邪魔にならないように。踏み台にするために。あの頃には戻れないんだから。

強くなるために身体を動かせ。

「よっし!」

ばちん。派手に音を立てて両頬を叩く。
罠を捌ききれる能力は欲しい。でも今回は時間内に下山が出来ればそれで十分なのですから、私でも達成可能でしょう。
狭霧山は杉の木が多い。杉の枝はか細く短いのでジャンプなんてすればすぐ折れてしまう。木々の上を通ってすんなり、とはいかないですね。だがいけるだけいってみよう、短縮にはなる。

理想には程遠い。だけどしょうがない。一歩ずつ進んでいこう。



「ぐおっ!!」
「――――い、いたい、クソッ」
「あっぶな!?ギリセーフ!」
「真っ直ぐ走り抜ければいけます全力疾走!!!」



足掻く姿がどんなに無様でも、炭治郎が何を気にする事なく笑える未来に繋がるまで、止めるつもりはない。







「ただいま、戻り、まし、た……」

明けてないですよね?ちょっと視界霞んでますけど目の錯覚ではないですよね?夜ですよね?足の震えが半端ない、最後に当たった三本縛りの竹の後頭部ダイレクトアタックがやばい。もっと強くなりたい。

「……お前を認める、竈門雪成」
「あ、ははは、は、ありがと……ござ……」

戸に凭れ掛かりながらずるずると膝が曲がっていく。

「……では、まずは……なにを……」

だいぶ汚れてしまったから服を変えるべきか。着替えはない、買いに行かないと。しかしその為のお金もない。ないない尽くしだ。参りました、どうしよう。

「眠れ。弟の隣で先ずは眠るんだ」
「は、……い」

ゾンビのような緩慢な動きで炭治郎の横に移動し、倒れ込んだ。もう瞼が落ちかけているけれども鱗滝さんが布団をかけてくれているのは分かる。すんすんと匂いを嗅いだ。心地の良い香りだった。布団と鱗滝さんと。意識が途切れる前に、これだけは伝えておきたかったのでもごもごと口を動かす。

「これからよろしくおねがいします」

弟共々受け入れてくれて、本当に嬉しかった。


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