"略啓 鱗滝左近次殿

鬼殺の剣士になりたいという少年をそちらに向かわせました
丸腰で私に挑んでくる度胸があります
身内が鬼により惨殺され、生き残った弟は鬼に変貌していますが
人間を襲わないと判断致しました
この二人には何か他とは違うものを感じます
少年の方は逆境の中でも諦めない意志があり、また貴方と同じく鼻が利くようです
もしかしたら、突破して受け継ぐことができるかもしれません
どうか育てて頂きたい
手前勝手な頼みとは承知しておりますが何卒御容赦を
御自愛専一にて精励くださいますよう、お願い申し上げます

   怱々 冨岡義勇"

義勇から受け取った手紙の内容と、お堂の傍で出会った少年を脳内で見比べる。
他人を気遣い、鬼には苛烈に隙なく対応し、思考を絶やさず、そして胴が据わっていた。
そして、情けの欠片もない対処をしながらも、鬼を憎んでいるわけでもない。寧ろ逆だ。
家族の仇そのものではないとはいえ、同じ鬼を前にして慈悲の匂いが消えない。鬼は須く元人間であることを知っている。
一思いに殺してやることが人と鬼それぞれのためだと思っているのか……いや、肌に突き刺さるような鋭利さがあるな。

「その前提がそもそもありえません。しかしその時は――人喰い鬼を連れまわした責務を果たす。弟を殺し後を追う」

儂の唐突な質問にも間髪も入れず返答してくる。
迎えたばかりの朝日で消滅する鬼を見つめる少年は、薄暗闇を明るく照らす陽の光に射され、ゆっくりと目を細めていく。
深緋の目が鬼のいた場所を真摯に眺めたまま、じっと静かに煌いていた。

「……それでいい。覚悟は決まっているようだな」

もしかすれば、義勇はこの目にやられたのやもしれん。

少年から鬼殺の剣士の素質は確かに感じた。鬼となっている弟も死体を貪る様子がない。最大の懸念であった人喰いの可能性は大幅に拭い去られている。それでは、試させて貰おう。

「弟を背負ってついて来い」
「きさつ」

大きく目を瞬かせて、見知らぬ単語であるかのように繰り返される。少年が初めて見せた年齢相応の気抜けた表情。……義勇め、それぐらいは教えておかないか。言葉が足りないと散々言い聞かせていたというのに、未熟者。
少年は直ぐに先程までの平静な顔に戻り、弟が入った籠を背負った。
少しばかり脱線はあったが、まず少年の基礎体力と足の速さを確認する。

(ふむ、ついてくるか)

速さはその齢にしては申し分なし。長距離の走り込みも一般からすれば異常なものだろう。義勇が紹介してきただけはあるといったところ。しかし、狭霧山はまだ先だ。辿り着くまでの間に一度でも姿が見えなくなるほど引き離されればこの話は無かったことにする。
僅かに速度を上げた。
少年もそれに気付いたのだろう、踏み込む力が強まった。呼吸を一定に保ち、儂から離されぬよう追い縋り、そして籠が揺れぬよう気を付けている。
儂はもう弟子を取るつもりなどなかった。試験を落とさせてばかりの育手など鬼殺隊に不要であり、未来を潰してしまった弟子に申し訳ない。
だが義勇の言っていた通り、この少年には固い意志があった。

「はあ、はあ、はあ」

案の定、少年は儂の家まで着いてきた。息も耐え耐えだが、表情にはまだ余裕がある。

「弟の籠を家に移せ。これから山に登る」
「……はい!」

ここまでは最低限。次が本番だ。少年は袖で腕の汗を拭い、震える身体で弟を床に横たわらせた。寝てしまっているようだ。優しい匂いを滲ませて「すぐ戻りますからね」と声をかけ、儂に向き直る。

「お待たせしました」

嗅いだばかりの好ましい匂いは、膨大な覚悟の匂いで塗り潰された。切り替えの早さは長所だ。だが、短所にもなり得るだろう。……新たな弟子を取る度に思っていた。其々の個性、銘々の長所、各々の欠点を。人生に鬼が関わらなければ一生無縁であっただろう、美点への危惧を。

「向こうの山だ、行くぞ」

まだ結果が出ると決まったわけではないというのに、この少年を育てる明日を幻視してしまっている己がいた。


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