今までの人生で鬼に会ったことはない。平穏だった。きっとこの世界は天人といった宇宙人はいないのだと思っていた。しかし、一度縁が繋がれば次もまた会うことになる。
狭霧山に向かう途中、休憩の為に寄ったお堂には鬼がいた。家族を襲った鬼の匂いとは違う、別の個体の鬼。

(この短刀で殺せるか……?)

鬼狩りの人曰く鬼の首を斬るそうだ。それを思い出して胴体と首を斧で真っ二つにしたのだが、殺しきれない。首も胴体も動きまくる。回復力は異常だが限度は存在するようで、首の方は両腕が直接生えたっきり。胴体も崖に突き落としてから気配がない。
このまま放置しておくわけにはいかない。かといって息の根を止めることも。再生力に限界があるのなら、目に見えないほどの大きさになるまで石で細かく潰すか?人を襲えなくなるまで追い込めれば、或いは。
手頃な石と短刀を見比べ、気絶した鬼の首の前で考え込む。……そういえば、鬼狩りの人は弟を太陽から避けさせろとも言っていたな。

「どうやって止めを刺す?」
「!」

天狗の面を被った男が、気付かぬ内に背後に立っていた。思案しきっていたとはいえ、気配にも匂いにも気付けなかった。こんなに直ぐ近くにいるのに。そこにいることを理解した上で探って漸く、気配も匂いもほんの僅かに察知できる程度。

「何をぼんやりしている、答えろ!」

声のしゃがれ具合からして相手は老人だ。明らかに只者ではない。この方が鱗滝なのではないだろうか、と考えつつ手に持った石と短刀を握りしめる。

「首を狙うのだと言われましたが、斬っても駄目でした。鬼の回復も凄まじい、ですが限界はあるように見えます。気絶もします。人を喰えないほどまで細かく切り刻み、擦り潰し、土の奥深くに埋めればどうかと思いました」
「そうか、他には」

東に目を向けた。もうそろそろ時間のはず。

「朝日を待つ」
「……正解だ」

良かった。肩の力を抜き、気絶したままの鬼が絶対に脱出できないよう短刀で抑える。この位置なら陽に当たるだろう。炭治郎を横目で見ると、険しい顔で東を見つめていた。

「炭治郎、お堂に入って籠に……いえ、私が持ってきます」

お堂の中には鬼の犠牲者たちがいる。あの時は私が鬼に襲われてしまい、炭治郎は私の救助を優先してくれたが、寸でのところまで涎を垂らして犠牲者たちを見ていた。犠牲者たちのためにも炭治郎のためにも、私が行った方が良い。お堂の中にいてほしいが、籠に入っていれば最低限安全なのは確認済みだ。

「おや?」

老人がいない。……血の臭いが移動している。もしや。そっとお堂を覗き込むと、案の定犠牲者たちの亡骸がなくなっていた。

「おいで、炭治郎。この中に隠れていてください」
「んー」

炭治郎の手を引いて籠に誘導させる。太陽への忌避感を見るに私が言わずとも自主的に避けてくれそうだ。「待っていてくださいね」と声をかけ、血の臭いがする場所に歩く。

(やっぱり老人が埋葬してくれている)

犠牲者の数は三人。この短時間で三つ分の遺体を移動させ土を掘り埋める作業を全て終わらせていたとは。手伝おうと思っていたのに、すごい。私も土で眠る犠牲者たちに手を合わせた。南無三。……まあ、神も仏も信じていないから気休めだが。
目を開けると、祈りを終えたらしい老人が私の前に立っていた。まだ気配に探り慣れない、匂いにばかり頼ってきたのを痛感する。どちらも使えた方が良い、鍛えよう。

「儂は鱗滝左近次だ、義勇の紹介はお前で間違いないな?」
「はい。私は竈門雪成と申します、あちらにいるのが弟の」



「雪成、弟が人を喰った時お前はどうする」

「その前提がそもそもありえません。しかしその時は」


喰われた人のためではない。亡き家族のためでもない。当然、俺のためでもない。
ただ、炭治郎のために。
人を喰べるなんてしない子だ。慈しみをもつ子だ。そんな子だったのだ。
いつか、いっそあの時鬼狩りに殺してもらった方が良かったと、思う日が来るかもしれない。
それでも、俺は。
炭治郎の首を締めうる選択、罪を犯すかもしれぬと考えて尚、炭治郎を生き永らわせたのだから。
俺のエゴの所為で炭治郎が罪を犯してしまった場合、せめて俺は、炭治郎のために炭治郎を、


「人喰い鬼を連れまわした責務を果たす。弟を殺し後を追う」


――太陽が昇った。鬼がいる方向から叫び声が聞こえる。
目を細めながら確認すると、鬼は灰燼に帰していた。




「……それでいい。覚悟は決まっているようだな」

鬼の末路を頭に焼き付け、炭治郎にあんな目には合わさせないと決める。

「いいな、それは絶対にあってはならないと肝に銘じるのだ。罪なき人の命をお前の弟が奪う、それだけは絶対にあってはならないのだから」
「はい!」
「……では、これからお前が鬼殺の剣士として相応しいかどうかを試す。弟を背負ってついて来い」
「きさつ」

えっ。鬼殺?の、剣士?……ああなるほど。鬼狩りをする人の通称か。というか、鱗滝さんが凄腕なのは見れば分かるけれど、剣士……剣士か……もうちょっと説明を付け加えてほしかったです……。事前の準備、もっとできただろうに……

「義勇の舌足らずは変わっていないようだな」

きょとんと目を丸くしている私を見て、鱗滝さんは小さく溜息を吐いた。


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