『雪成、早く起きろ』

真っ暗だ。この声はなんだ。子供か?大人か?もしかして、重なっているのか?

『まだやることがあんだろ?』

――――炭治郎。
光が射す。思い出した。
嗚呼そうだな、俺にはやることが……

『気付かせてやったんだから甘味寄越せ』

糖分控えろボケカスクソマダオ糖尿侍。

『誰がボケだカスだクソだって待て待て待ておいまだ起きるんじゃねェ俺のツッコミ終わってないんですけどォォォオオオオオ!!???』



目を覚ます。黙って横を見遣ると、傍には竹で出来た口枷を銜え穏やかに眠っている炭治郎がいた。そっと炭治郎の頬に触れる。暖かかった。口枷以外ぜんぜん変わらないように見える。だが匂いが少しばかり変化している。爪も。目と牙も。
俺は何も出来なかった。
でもこれからだ。残った炭治郎だけでも守り通す。それが俺のすべきこと。俺のやりたいこと。
……あの人には、人間に戻すと啖呵を切ったが。
もしも、達成するまでの間に俺の手が届かず炭治郎が人を喰べてしまった時。
俺のエゴに付き合わせてしまった炭治郎の為に。
果たすべき責務は、きちんと果たすよ。

周辺にはまだあの人の匂いがある。気を失ってからどれほど時間が経っているのかは分からないが、そんなではないはず。血の臭いはしない。外れたのか?しかし鬼狩りの人間が鬼を放っておくとは思えない。それにこの口枷からあの人の匂いがする……会って話してみよう。
撫でるのを止め、身体を起こす。

「起きたか」

少し離れた木々の向こうから話しかけられ、反射的に炭治郎を後ろに追いやりながら武器を探してしまったのはご容赦願いたい。

「狭霧山の麓に住んでいる鱗滝左近次という老人を訪ねろ、富岡義勇に言われて来たと言え。今は日が差していないから大丈夫なようだが、弟を太陽の下に連れ出すなよ」

言うだけ言って何処かへ去ってしまった。声をかける猶予がなかった。

「……」

先程言われたばかりのことを整理する。鱗滝左近次が狭霧山の麓にいて、富岡義勇の紹介で来たと言えばいい。他の指針はない。何よりも、あの人は炭治郎を殺さないでくれた。

「すぅー……はぁー」

深呼吸。今日の出来事で高ぶった精神を落ち着かせる。あの人の指示通りにするべきだ。

「炭治郎」

炭治郎を医者に診せても意味は無いだろう。変わらず寝たままの炭治郎を抱き上げ、抱っこの状態でまず家に戻った。除雪してから人数分の穴を掘り、皆を埋める。

(せめて安らかに眠ってください)

手を合わせて祈りを奉げた。
昔と今じゃこうも違う。あの時は供養の気持ちなんて微塵もなかったのに。同じ血の繋がった家族相手に、こうまで違うか。
まったく人間は業が深い。

自嘲の笑みを浮かべて立ち上がる。穴掘り作業の途中で炭治郎は起きていたのだが、どうにもぼんやりとしていて話しかけても返事がない。鬼になったばかりだからだろうか?今生の鬼についての知識は皆無なのでさっぱりだ。

「さて、準備はこれくらいでいいでしょうか」

家族を襲った者の匂いは覚えた。埋葬も終えた。少しばかりだが食糧も用意した。
太陽の下に連れ出すなというあの人の言葉から念の為傘を炭治郎に持たせているが、心許ない。もう雪は止んでいるし、日陰のある道ばかりではないだろうし。昼間に移動できないのはとんでもないタイムロスだ。第一、口枷をつけた子供が歩いていたら周囲の人たちが怪しむ。ここはド田舎であるが、万が一警官に見つかった時を考えると……うーむ、どうしよう。
……あっ、そうだ。
アイデアが浮かぶと同時にぽんっと手を叩く古典的な表現をしながら、家の中にある一番大きな籠を取り出す。

「炭治郎、さっき大きくなってましたよね?その反対で小さくなれますか?」
「……」
「なれますかねー?きっとなれますねー?」
「……」
「おっ」

着物も耳飾りも一緒に縮んだ!随分と便利な……

「痛くはありませんか?」
「?」
「小さくなって身体がミシミシいってません?」
「……」
「大丈夫そうですね」

相変わらずぼんやりとしたまま見上げてくる炭治郎にほっと一安心。痛みは伴わないのだ。持ち出した籠を倒し、中に誘導する。すっぽりと入り込めた炭治郎の姿にぎゅんと胸を締め付けられる。

「愛らしい……ごほんっ、偉いですよ炭治郎!これで人目を引かずに歩けます、ご立派!」

頭を撫でると表情が柔らかくなり、もっともっとと言いたげに頭を押し付けてきた。まるで幼子だ。幼い容姿も相まって小さい頃まで時を遡ったかのよう。

「竹雄たちが生まれてからずっと、次男だからと頑張っていましたね……」

私と炭治郎の二人兄弟だった時は、父や母、私に甘え倒しだった。私の後ろばかりついてまわって、私がやっていることを真似するのが好きだった。
竹雄や下の子が出来て以降はもっと両親に甘えたかったろうに我慢しっ放しで、父が亡くなってからは更に顕著になった。

「……はあ」

溜息と共に首を振る。
此処に留まっていてはいけない。思い出が多すぎる。感傷に浸っている暇はないのだ。
静かにしてるように炭治郎に言ってから、ぷつぷつと空気穴を空けた蓋を被せる。酸素が循環するよう気を付けて布でぐるぐる巻き。護身用の斧を腰に差し、小型の刀を懐に。これで今度こそ準備完了だ。
行こう。
進むために。


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