「頑張れ炭治郎!!お前は強い子だ!!」

任務の帰りに雪が降る山を通っていると、遠くから少年の声が周辺に響いた。獣道ではなく……崖下か。焦って上擦った声だ。この天気だから足を滑って落ちてしまったのかもしれない。名を呼んでることから最低でも二人以上、今すぐ向かえば助けられる。声がした方向へ走る。……血の臭い。足を速めた。

「衝動に負けるな!!意識を保て、大丈夫だ、お前なら!!俺は炭治郎を信じてるぞ!!」

任務帰りであることと少年の言葉が相まって嫌な予感がした。呼吸を全力で使い、少年の元へ駆けつける。

(ああ……やはり)

その先にあったのは、二人の少年の姿。背が小さい方が大きい方を襲っている。顔が似ていることからきっと兄弟なのだろう。俺が、もっと早く来ていれば。グッと力を込めて柄を握り、一気に踏み込んだ。

「なぜかばう」

不発。一刀に気付いた兄が弟を庇い、俺を鋭く睨みあげた。爛々と光る紅蓮色。その目に射抜かれた瞬間、無意識の内に一瞬だけ動きを止めてしまった。

「弟を殺されそうになった、当然だ」

眉間に皺が寄る。兄の腕の中に隠された弟は、より脅威度が高いと判断したのか傍の兄ではなく俺に牙を剥き出しにして吼える。そして襲い掛かろうとした弟を兄は上から体重をかけ雪下に押し付けた。

が弟か?」
「ああ俺の弟だ、普段はもっと大人しいんだがな」

依然として兄の意思は衰えない。強硬手段で弟を奪おうとするが、兄は俺の動きに思ったよりもついてきた。動体視力が良く、途中まで動きについてこられた。脚を狙って兄が持つ斧が振るわれるが呼吸を深くすれば直ぐに見失い、弟は俺の手元に渡る。

「炭治郎!!」

奪い返そうとする兄を制止する。鬼を人質、いや鬼質する日が来るとは思わなかった。兄は悔しげに歯を食いしばって俺と捕らわれた弟を見つめる。

「俺の仕事は鬼を斬ることだ。勿論お前の弟の首も刎ねる」
「炭治郎は誰も殺していない、その血は他の家族と炭治郎が殺られた時のもの。俺が家に帰った時見知らぬ輩の匂いがした、犯人はそいつだ!何故その状態になっているかは不明だが、炭治郎は違う、無実なんだ!」
「簡単な話だ。傷口に鬼の血を浴びたから鬼になった。人喰い鬼はそうやって増える」

「炭治郎は人を喰わない」

腹どころか魂から絞り出したような、切実な声だった。紅蓮色の目は俺から一切逸らさず、真っ直ぐ見つめ続ける。

「……よくもまあ今しがた己が喰われそうになっておいて」

不味い、と思った。あの目に、圧されかけている。

「ちゃんと見てくれ。この子は涙を流していた、俺の呼びかけに応えようとしていたんだよ」

少年の放つ言葉に意識が持って行かれている。

「こんな餓鬼の言う事なんざ信じられないだろう、だが俺が誰も傷つけさせない、どんな手を使ってもどんなに時間がかかっても、炭治郎は治す!」

家族を殺され弟は鬼になり、つらいだろう叫び出したいだろうに。目の奥の輝きが消えていない。何故だ。自暴自棄になっているわけではない。絶対に対処法はあると、言葉よりも目が強く語っていた。

「治らない、鬼になったら人間に戻ることはない」
「発見されていないだけだろう!必ず見つける、必ず迷惑はかけない、必ず犯人を殺す、俺が――――」

これ以上少年の話を聞いてはいけない。鬼は人を襲い殺す、それが絶対だ。そう念じながら黙って日輪刀の切っ先を弟に向ける。狙うは首、……いや、胸、

「がっ……!」

途端、なにか小さく重いものが額に当たった。なんだと何時の間に、小石か!
雪の山道に慣れきっている素早い走りで俺目掛けて一直線、続けて小石の一つは片足、一つは腹、一つは片目、正確無比の狙いをつけて投げられた。この程度避けることが出来ずなにが鬼殺隊か。最初は右足を動かし、次いで刀で斬り、最後は顔をずらす。これで終わりかと思った時、他よりも一回り小粒の小石がまだ眼前に迫っている事に気付く。何時の間に四投目の小石が。そうか先に投げた小石の真後ろに全く同じ方向で投げたのか。この小ささで気付かなかった。仕向けられたんだ。三つの石を使い俺の動きを誘導し、真打である四投目の小石が当たるように。

(しかし、甘い!)

もう一度言おう、この程度避けられずなにが鬼殺隊か。柄で小石を弾くと、目の前に振りかぶった体勢の少年が。……愚かだ。小石を弾いた勢いを保ったまま柄を少年の背中に叩き付けた。

「……」

少年は気を失い動かない。良い線はいっていた、最後の特攻以外は。少年を見下ろすと、両手のどちらにも斧を持っていなかった。どこにやった。

ブン、と重いものが回転する音が耳に届く。音の発生源は俺の真上。身体が反射的に反応し、真横ギリギリに斧が突き刺さる。

(少しばかり……危なかった)

斧の所持を知らず、行方を捜さずにいたら。気付くのに一手遅れて、重症を負っていた可能性が高い。
三投分の飛礫は布石。四投目の他よりも小さな飛礫すら囮。それらを的確に各部位へ投げつけた調節。振りかぶった体勢だったのは丸腰であるのを悟られないようにする為。俺に勝てないのがわかっていたから自分が斬られた後で俺を倒そうとした。……この土壇場で素人がここまで。
いや、本当にこの少年は素人なのか?
こいつは……

その時、愚昧にも俺は鬼となっている少年の弟の存在を忘れていた。

意識が少年に向かっていた俺の腹部に弟の蹴りが炸裂し、両足で踏ん張って耐えるが少年と俺の間に距離が空いてしまう。野放しになった弟が少年の傍に。しまった、少年が喰われる!!弟の首を狙い走り出す。




『炭治郎は』


少年の切実な声が脳裏を過る。


『炭治郎は違う』

『人を喰わない』





確実に鬼となっている弟は、倒れ伏せる少年を庇うような動作で前に出た。
青筋を浮かべた形相で睨みつけ、敵である俺に襲い掛かる。





『俺が誰も傷つけさせない、どんな手を使ってもどんなに時間がかかっても、炭治郎は治す!』



(こいつらは、何か違うかもしれない)


少年がもつ紅蓮色の目を思い返しながら、弟の意識を刈り取った。


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