「では母さん、行ってきます」
「雪が降って危ないから行かなくてもいいんだよ」
「この程度平気です。それに正月も近いですから。年初めくらい皆にお腹いっぱい食べさせてやりたいので」
「……ありがとう」

眉を下げる母さんに笑みを零す。私がやりたいことをやっているだけで、気にしなくていいというのに。しかしこういうことは中々難しい話だ。相手が引け目を感じているなら猶更。
一緒に行きたいと言う茂と花子を母さんが止めた。その一方、何も言わないが口をへの字にして不満そうな竹雄に目を見遣る。

「竹雄、可能な範囲の木を伐採しておいてください」
「そりゃあやるけどさぁ、一緒にやると思ってたのにさぁ」
「それはまた後でですね」
「ちぇ……」
「早く帰ってきてね」
「気をつけてねー」

炭が入った籠を担ぎ直し、弟妹と母さんたちに手を振りながら町に続くルートを通る。少しすると六太を背負った炭治郎とすれ違う。

「兄ちゃん」
「炭治郎」
「大騒ぎするから離れた場所で六太を寝かしつけてたんだ。父さんが死んじゃって寂しいんだな……みんな兄ちゃんにくっついて回るようになった」

寝ている六太を撫でる。反応がないのでぐっすりと眠れているようだ。

「気を付けてね兄ちゃん、いってらっしゃい」

炭治郎と六太に見送られながら山を下る。

父が死に、女手一つの七人家族。当然生活は楽ではない。だが幸せだ。
沈まぬ陽がないように明けぬ夜もない。
苦しみに耐えた分、報われると信じて生きていく。

「あ〜〜っ雪成ィちょうど良かったあ、皿を割った犯人にされてんだよ俺〜〜〜っ助けてくれよお嗅いでくれ!!」

女将さんに襟をひっ捕まえられている男性に話しかけられ、破片が入った風呂敷を差し出された。私の鼻は随分と性能が良い。くんくんと犬のように嗅げば、何の匂いが纏まりついているのかが事細かに分かる。人間には人間の、犬には犬の、鳥には鳥の、独特の匂いがある。今回の場合だと……

「これは猫ですね」
「あら猫なの?」
「ほらぁああ!!俺じゃないって言っただろ!!」
「雪成、ちょっと荷物運ぶの手伝ってくれねぇか」

一件去ってまた一件。にこにこと笑って引き受ける。良い事をすれば、その分巡り巡っていつか自分の元に帰ってくる。情けは人の為ならずで、商売は信頼が大事。頼まれることもそう大したことじゃないので、出来る限り手伝っている。
人の輪の中に新しく人が入って来たり去って行ったり、その途中で炭が売れていき、あっというまに完売した。

(この分なら正月は贅沢できますね)

炭が無いのにも関わらず朗らかに話しかけてくれる町人たちに会釈しつつ、空っぽになった籠に満足しながら小走りで帰り道を進む。このままだと家に着くのは深夜になりそうだ。

「こら雪成、お前山に帰るつもりか。危ねぇからやめろ」
「大丈夫ですよ、私は夜目も鼻も利きますので」
「うちに泊めてやる。来い、戻れ」
「しかし……」
「いいから来い!!鬼が出るぞ」

町の外れに住む三郎さんのご厚意に預かって、一泊することになった。馳走になっている時、三郎さんは作り途中の傘を畳みながら昔話について語る。

「人喰い鬼は日が暮れるとうろつき出す。だから夜歩き回るもんじゃねぇ。食ったら寝ろ、明日早起きして帰りゃいい」

夕暮れ過ぎても遊びを止めない子供に言い聞かせるための脅かし用の話だ。よくある話。地域によっては鬼の代わりに落ち武者だったり河童が出たりする。記憶の中では実在した種族だ。三郎さんの子供が着ていた夜着を借りて寝床につく。

「鬼は家に侵入しないのですか?」
「いや、入ってくる」
「まあ大変、どうすればいいのでしょう」
「鬼狩り様が鬼を斬ってくれるんだよ、昔から……」

三郎さんは鬼の話を信じているようだった。だが私を泊めた一番の理由は寂しさだろう。この夜着を着ていた子供も奥さんも病で亡くしてしまい今は独り暮らし。年を取ると、無性に人肌が恋しくなる瞬間があるのだ。

(今度は弟たちを連れて遊びに来ましょう……)

幼い頃に亡くなった祖母も三郎さんと同じことを言っていたのを思い出しながら、そんな事を考えて眠りについた。




「――――皆、」

たった一晩。私が留守にしている一晩の間に、今生の家族の殆どを無くしてしまうとも知らずに。


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