「阿笠さんは普段から彼らを遊びに連れて行っているんですか?」 「そうじゃな、大型連休中はほぼ毎回……あとは土日にも偶にかの」 「そんな頻度で?大変でしょうに凄いですね」 ゴンドラの壁に張り付き景色を楽しんでいる子供三人を眺めながら、大人二人は赤いシートに座って談笑。親戚関係でもないのに頻繁に五人も連れて外出してあげるなんて、随分と寛容な方だ。 「子供たちの豊かな感性に刺激されて発明品のアイデアが湧いて出てくるのも多いのでな、こっちも助かっておるよ」 「なるほど。あの子たちに好かれているわけがよく分かりました、そのお人柄だからこそ頼りにされているんでしょうね」 「えぇ?そうかのぅ……周りからはよく頼りないとか言われてしまうんじゃが……」 「ははは、日常生活で頼れる相手と非常時に頼れる相手は別問題ですからね。あの子たちにとって、貴方はいざという時は助けてくれる信頼できる大人に見えている筈ですよ」 照れたように頭を掻く阿笠さん。憎まれ口を叩かれるのもそんな態度をとっても嫌われないだろうという信頼の証だ。威厳はなくとも気安さがある、そういう大人は子供から信頼を得やすい。 「もう!さっきからお喋りばっかりしてる!お兄さん、こっちきてよ〜!」 「せっかくの観覧車なのに外を見ないでどうするんですか!」 「ったくよぉ、楽しみ方ってもんがわかってねえよな!」 これは手厳しい。それじゃあ観覧車本来の楽しみ方を教えてもらおうか。子供たちの傍へ寄り、共に景色を見下ろす。 「鳥さんたちよりも高い場所にいるのってわくわくするね、お兄さん」 「そうだな、あそこに鳩の群れが見えるぞ」 「ゆっくり観察できるのもポイントが高いですね、お兄さん」 「のんびり腰を据えなきゃ見えないことも多いしな」 「オレらいっつも見下ろされてるし、兄ちゃんみたいにはやくデカくなりてー」 「沢山寝て食べたらあっという間にデカくなってるさ、焦ることはない」 なぜか俺に集中して口々に話しかけてくる三人を捌いていると、阿笠さんが顎に当てて俺らを見遣る。 「この様子を見ていると君は教育者だったのかもしれんなぁ」 「え、そうですか?」 「確かにー!元太くんに怒ったりするところとか、学校の先生に怒られてる時とそっくりだったもん!」 そこから怒涛の「目線を合わせて話すから先生っぽい」「優しいお顔してるから先生っぽい」「頭よさそうだから先生っぽい」「小林先生よりもしっかりしてるから先生っぽい」、彼らの中で記憶喪失よりも前の俺=先生だと決定されてしまったようだ。とんでもない理論が罷り通ったもんである。 「あー!噴水がでっかくなったぞ!!」 元太くんの声で皆の視線が外に移る。観覧車の前の横一列に並んだ噴水が一斉に上がり、俺たちを乗せたゴンドラの高さまで迫った。 「どんどん上がってくる〜!」 「凄いですね」 「兄ちゃんも見えるか?」 「こりゃあ素晴らしいのぉ」 高く上がった噴水はスポットライトに照らされて光を反射し、キラキラと美しい。 「皆さん、下を見てください。虹が出てますよ。ほら、お兄さんと博士も前に来て!」 子供たちに倣い硝子と額を近付け、下を覗き込む。ゴンドラの真下からスポットライトの五色の光が扇状に放たれ、これもまた美し、い、 「ぐっ」 途端、軽い頭痛に襲われる。咄嗟に後ろ歩きで下がって椅子に腰掛けた。 「あっ、お兄さん!大丈夫!?」 「どうかしたか!?」 俺の様子を見た子供たちが声を掛けてくるが、痛みは治まらない。あの時の頭痛ほどではないので手を振って応える。 「下を見ていたら眩暈が少しな……」 「きっと高い所が苦手なんですね」 「無理に外を見る必要はないぞ、高度が下がったら教えるからそれまではその体勢でおれ」 苦手?本当にそうだろうか。さっきまではなにも感じなかった、今俺は何に反応した? 「おっ!もうすぐ一番上に着くぞ!」 「ホントだ!」 瞼を閉じ、直前まで眺めていた景色を脳裏に浮かべては消していく。鳥×雲×太陽×青空×正面の建物×人だかり×噴水×スポットライト……そういえば、このスポットライトの色は五つあったな。 「ちょうど真ん中に来たぞ」 「すごーい!スポットライトが重なった!」 「キレイですね〜」 「せっかくじゃから写真を撮っておくか」 子供たちと阿笠さんの声に、重ねた瞼を開ける。規則的な動作を繰り返すスポットライトの光はまた左右に動き、扇状に広がった。 白、橙、青、緑、赤の順番に並べられた光の束が俺の瞳に映る。 「う、うう、ぐ」 ああそうか。納得したと同時に頭痛が増し、頭を抱えた。 「あ、あ゛あ゛ァ……ッ!!」 俺の身に起こった異変に気付いた周囲の皆が心配そうに囲ってくるのは分かったが、今度は返事を出来そうにない。 「……ノ……ノック、は…………うう……キール……バァ、ボン……」 次々と増殖していく痛みとは裏腹に、自分でも驚くほど理性は冷静なままだった。 先程のスポットライトと、ポケットから出てきたカードの束。 「スタウト――アクア、ビット……リー……ス、リング……」 その二つに存在する共通点に気付き、そして意識が落ちた。 戻る |