場所は変わり、警察署。 「……え?」 蘭から齎された記憶喪失の男性の通報。添付された男性の写真を開いた瞬間、高木は思わずといった様子で言葉が零れた。一緒に休憩をしていた佐藤がいったいどうしたのかと声をかけるが、心ここに在らずのままスマホの画面を凝視している。 「ゆーくん……なのか……?」 そこに写っていたのは、重力に流されるまま下に落ちている黒い髪。少しばかり汚れた顔には作り物のような黒と赤の瞳。ベンチに座り込み、誰かと話をしているのか唇を開いている。優しげな男性という風貌を見て、高木は遠い昔に会ったきりの面影を思い出した。 * * * 四人で歩き出したのも束の間、子供たちの興味はゲームコーナーに移っていた。子供心は秋の空。 「兄ちゃんこれやってみようぜ!」 「せっかく遊びに来たんですから、ちょっとくらい遊ばないと勿体ないですよねっ!」 「そうだな、やってみるか」 ダーツの三本勝負、50ポイントを取る毎に景品がもらえるらしい。ど真ん中で最高得点の50ということは三本とも当てれば子供たちの分は手に入るだろう。 第一投の矢をダブルブルに当てると子供たちは歓声をあげた。 「しっかり見てろよ」 新鮮な反応を受けながら手首のスナップを確認する。このままでは簡単すぎるな、難易度を上げよう。第二投。 「えー!ダーツの矢とダーツの矢がくっついちゃったー!!」 「すっげぇ!!」 「同じ場所に当てるなんてお兄さん凄いですね!」 更にあがる歓声。右手を唇に当て、静かにとジェスチャーを送ると三人揃って口元に手を当てた。良い子だ。 三人の視線が集中したのを確認してラスト第三投。再びダーツの尻へ刺すと、重ねて当てることは考慮されていない機械は誤認識を起こし、モニター画面には50ptが映り出される。ぽかんと呆気に取られた従業員が我に帰ると派手にベルを鳴らした。 「す、素晴らしい!文句なしの本日の最高得点が出ましたー!!」 「やった〜!」 「お兄さん、すごーい!!」 子供たちはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜び、勝利のハイタッチを交わしている。 「ほら!兄ちゃんも」 「両手を出してください」 「ん、ああ……」 しゃがみ込んで目線を合わせ、両手を差し出す。三回分のハイタッチが行われ、まるで自分のことのように燥ぐ彼らの姿を微笑ましく思う。 「なあなあっ、どうやったらそんなにゲーム上手くなれるんだ?髪伸ばしたらなれんのか?」 「元太くん、髪の長さは関係ないんじゃないですか……」 「じゃあオッドアイか?」 「それはもっと違うと思うけど……あれっ、そういえばお兄さん髪ゴム解けかけてるよ!」 え、そう?全然気づかなかった。礼を言いながら緩くなった髪ゴムを解き、手で梳いて整える。腰あたりまで伸びているが必要性を感じない、邪魔だし切ればいいのに。掌の緑色の髪ゴムを一瞥し、一つ結びに戻した。 「それじゃあ景品のキーホルダーを三つ選んでね〜」 「私、あれ!」 「オレ、これ」 「ボクはあれにします」 それぞれの色が塗られたイルカのキーホルダーを選んだ三人は、手に取った後にこちらへ振り返る。 「お兄さんの分は?」 「俺はいいよ、君達のものだ」 「でもよぉ」 「お兄さんが取ってくれたものですし……」 「おい!おめーらっ」 少し離れた所から声が聞こえて顔をあげると、冷ややかな目をしたコナンくんと哀ちゃんがやってきた。 「すっかり遊んでっけど、お兄さんの記憶を戻すんじゃなかったのかよ」 「だってぇ……」 「このゲームをやってから始めようかと……」 「そしたら兄ちゃんがこれ取ってくれたんだぜ!スゲーだろ!」 コナンくんに怒られてしょげる二人に対し、悪びれる様子もなく得意気にキーホルダーを見せつける元太くん。どうやら此処からが本格的な聞き込み開始のようだが、果たして集中力がどこまで持つか。 と思った途端、お爺さんが手を振って観覧車が空いていると言ってきた。三人はノリノリで乗ろうとまた俺を連れて歩き出す。聞き込みは完全にあの二人任せだな。 「ワクワクしますね〜」 「上に行ったら何が見えるかな」 「きっとベルツリータワー、見えるよ!」 楽しげに会話している子供たちの後ろで腰に手をあてる。こんな長蛇の列なのに空いている判定だなんて、俺だけだったら絶対に並ばない。 「こんなところで何を?」 視界の端、列の横から女性が直ぐ傍の手摺に凭れ掛かるのが見えた。ら、何故か俺にだけ聞こえる声量で話しかけられて「帰りましょう」とそのまま去っていく。 (……あれ?俺もしかして犯罪者か?) 後姿だけで出来る女臭を醸し出す女性を見送り、三文字が浮かびあがる。 子供たちを置いていくわけにもいかないし着いてはいかないが、なんとも怪しい雰囲気だ。話しかけ方といい、周囲にバレないように気配を薄めているところといい。 あの女性と俺がお仲間だとすれば、俺も怪しい人物になる。マジでか。 「おーい、兄ちゃん。ボーッとしてると置いてっちまうぞ」 考え込んでいる間に列は動いており、前に進んでいた元太くんが呼び掛けてくる。 「もしかして何か気になるものでもありましたか?」 「まあそんなところだ」 「えっもしかして記憶の手がかりになるかも……」 「いやいや、綺麗な女性がいて見惚れてただけだよ。ここまで並んだんだから観覧車を優先しよう」 一応俺の知り合い捜しという名目を忘れてはいなかったらしい。あきらかに観覧車を気にしている三人に笑いかけて歩く。 「それでは皆さんお揃いですね。ここからエスカレーターですので、足元に気をつけて行ってらっしゃい」 「「「はーい!」」」 動く歩道に乗っている分には楽なもので、すいすいと進んでいく。すると、下にいたコナンくんと灰原ちゃんの存在に気づいた元太くんが大きな声をあげて呼ぶ。 「お〜い、コナーン!灰原〜!」 「こっちだよ〜!」 「上ですよ、上〜!」 手を振って二人にアピールをする三人。しかし元太くんがハンドレールから身を乗り出していて危なっかしい。下からも危ないと叫び声が聞こえた。 直ぐ先にはエスカレーターの内と外を隔てるガラスの壁があって、すぐ横まで迫っている。ぶつかることに気付いていない元太くんがますます身を乗り上げるので、咄嗟に両脇に手を差し込んで持ち上げた。 「うおーっ!?」 眼前の光景が壁に変わるのを見て、ようやく危険を理解したらしい元太くんを歩道の上におろす。目をパチパチと瞬かせている元太くんに膝をついて視線を合わせる。 「まったく君は目が離せないな。いいか、エスカレーターに乗っている時は大人しく立っているんだ」 しかし、不思議とこれもまた妙な既視感があった。流れるように対処ができたのを見るに、クソガキの面倒が手馴れている。 「お兄さんすごい!元太くんを持ち上げられるなんて!」 「元太くん四十キロくらいあるんですよ、それをあんなに軽々と!」 瞳をきらきらと輝かせ、元太くんまで「もう一回やってくれよ!」と燥ぐので重く咳払い。ぎくり、と肩を震わせる元太くんを睨めつける。 「エスカレーターの注意書きにも書いてあるだろう、しちゃいけないと言われてるのには理由があるんだ。もし外に放り出されたりなんかすればこの高さじゃ落下死だろうな」 「うぅ……ごめんなさい」 「反省した?」 「……うん」 「怪我は無いな?」 「う、うん!」 「よし、なら存分に観覧車を楽しもうか」 そんなに強く叱ったつもりはないがとても露骨に落ち込んでいるので、最終確認だけ済ませて元太くんを肩に乗せて立ち上がった。それだけで元気を取り戻すんだからチョロいもんである。 戻る |