教室で小説の続きを読みながら待っていると、リカバリーガールの治療を終えた緑谷がヘトヘトな様子で戻ってきた。右手の人差し指には包帯が巻かれているが、治療直後には見えない。

「おおおぉぉ……」
「逆に疲れてません?」
「ホェハッ!?!?あ、ああ轟くん!うん、どうやら……リカバリーガールの個性は人の治癒力を活性化させて促すものらしくて、患者の体力が消耗されるみたいだ」
「魔法のように治せるわけではないのですね」

緑谷は不思議そうにガランとした教室を見渡し、サーッと顔色が悪くなる。

「みみみみ皆帰っちゃった……!?待たせちゃったよね……!!?」
「ははは、そう気になさらずに。放課後は何をしようと自由ですよ緑谷」

席を指差せば、緑谷は一気にガチガチと緊張感が迸った様子で座り込んだ。まるでロボットのようだ。

「それで話とは?」
「ううぅぅうん、それね、それなんだけど……あの……」
「はい」

この弱々しい態度。アガリ性、というより自信がないのか?緑谷は。仮にも雄英高校ヒーロー科に合格したのだからもう少し胸を張って良いと思うのだが。

「自己紹介の時からもしかしてって思ってたんだけど確証がなくて、でも個性把握テストで使ってた個性は火と氷でそれに個性を使用してる間ずっと髪の色が変わってたから轟くんが雪成くんだって確信したんだけど……と、轟くんってあの雪成くんだよね!?」
「確かに私は轟雪成ですが、つまり何を聞きたいんですか?」
「ンアッアッちゃ、違くて!!あの!!」
「深呼吸をしてください、待ってるので」

エンデヴァーの息子が雄英に入学したという事で私の名は他の生徒と比べて知られている方だが、態々答え合わせに来たのだろうか。出会って初日の相手を名前で呼んでくるとは、今までの緑谷のイメージと離れている。

「お……覚えてない、かな、ないよねアハハハッ僕、僕、君と小さい頃友達でっ……い、いや知り合いで、遊んだこともあるんだけど!覚え、てないよねごめんなさい!!」

緑谷がどもりつつ放ってきた言葉に目を丸くした。
思い出そうとして、幼少期の記憶を洗い出す。……修行だの特訓だの勉強だの家庭内不和だのの思い出しかない。というか私に友達っていた?レベルである。ろくに遊んだ記憶がない。
たっぷりと時間をかけて脳内を検索したがアレな記憶しか出てこず眉間に皺を寄せた私に、緑谷はじわりと涙を滲ませた。

「僕みたいなモブが君の頭の中に残るなんてありえないことなのに何を期待していたんだ僕は……ごめん轟くん無駄な時間を使わせちゃって……」

両拳を握り、俯いてぷるぷると震える緑谷。彼は異様に自信が無さすぎるな。
……正直な所マジで彼の記憶はないが、同世代の子供たちと遊んだ憶えはある。きっとそれだ。

「その雪成くんは氷と火の複合型で、同い年で、使用すると髪色が変化したんですよね?それなら間違いなく私です、同世代のグループに混ざっていたのは覚えてます。しかし……ぶっちゃけ小さい頃は父親との特訓ばかりが色濃くて他が霞んでいましてね」

かつての記憶の世界と、目の前に存在する現実の世界。認識の照らし合わせと、齟齬の解消。
あの頃の私が見知らぬ物を発見する度に追いかけ回っていたのは十中八九その所為だ。気が付いたら迷子になっていて、大人たちに保護されるか犯罪に巻き込まれてヒーローに救出されるか。そして保護をされる前に、迷子になった土地に住む子供と遊んだこともある。
四歳の後半戦からぐっと内容が濃くなったので、それ以前にあった子供たちと遊んだ普通の思い出がぼやけてしまった、ということだと思われる。つまり父親が悪い、Q.E.D!

「貴方の存在感が薄いわけではありません、覚えておらず申し訳ない」
「ううううん謝らないで!?僕たちが会ってたのって一年にも満たなかった筈だから、幼稚園生時代のことだし……それが当たり前だよね、本当ごめん轟くん」

お互いが頭を下げて謝ったが、緑谷の謝罪はなんというか……悲壮感が漂っている。自己肯定感が薄い人間特有の臭いだ。放っておくと何時までも頭を下げ続けそうだったので下校時間を理由に強制終了させ、一緒に校門まで向かう。

「そういえば爆豪が緑谷のことを無個性だと言っていましたが、二人って知り合いなんですか?」

道中の話題作りで個性把握テストの時にやたらと騒いで緑谷に突っかかっていた爆豪の名を出したのだが、

かっちゃんを覚えてないなら、僕が忘れられてるのも当然か……

本人も意識していないようなか細い囁きが耳に入りこみ、その後に続いた幼馴染という関係性を思わず聞き逃しそうになった。なるほど幼馴染、納得納得。
なんだろう……寂しげだった、というより…………虚しさ?
無いか。昔短い間だけ遊んでいた相手だ。

「えっと、僕は駅まで行くんだけど、轟くんは……?」

……いや、それより考えるべきは無個性発言の方か。幼馴染がそう言うのなら、少なくとも表向きはずっと緑谷は力を使っていなかった。この個性社会でそれはまた奇妙な話だ。

「轟くん?」
「あ。……失礼、私はバイクなので良かったら駅まで送っていきますよ」
「えぇっ!!?いいいやいや悪いよそんなの!!」

空いた間を誤魔化す笑顔を浮かべると、首が引き千切れんばかりに激しく振られてしまう。ちょっと虚しい。


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