雄英高校に合格して最初に決めたことは通学ルートだ。一番簡単で楽な方法は父さんに頼むこと。毎日の送迎を迅速に手配してくれくれるだろう。だが、実行するのはサイドキックの方々だろうから却下。可哀想だ。 これから三年間雄英に通学するにあたって、遅刻はやっぱり避けたい。ヴィラン登場で交通機関が麻痺するのは珍しくなく、電車は止まるしバスも同様。 出来るだけ遅刻を回避し易い通学ルートを考えた結果、普自二免許をとってバイク通学にすることにした。 免許を取るのに必要な最低年齢は16歳だが、ヒーロー科の合格が決定済みの15歳ならば例外的に合宿や教習所の参加が認められるので、春休みの期間で無事に免許を取得することが出来た。 今まで使う機会がなかったお小遣いでバイクをレンタルしようとした矢先。 「どこに行くんですか?」 「もうちょっと待ってね〜」 姉さんの手で目を隠されながら中庭の一角を歩く。「もういいよ」と同時に目隠しを外され、目の前に鎮座する物に目を丸くした。 「じゃーん!一足早い誕生日プレゼントだよ、受け取って雪成!」 黒を基調とした最新型のバイク。決して安くない買い物を姉さんと夏雄兄さんが給料を工面して、態々用意してくれたらしい。 「ありがとうございます……!大切に使いますね」 「改めて、雄英合格おめでとう。……無茶だけはしないでね」 「ええ、勿論。早速乗ってみてもいいですか?」 「どうぞ好きなように使っちゃって!」 一日中真新しいバイクを乗り回して一人乗りに慣れた所で、姉さんとの二人乗りツーリングを楽しんだ。二人が協力して購入してくれたバイク、これは大切に扱わなければいけないな。うふふ。 通学初日、雄英。爽やかな気持ちでバイクから降りて校門を通った。駐輪場に向かうと、バイクと自転車がぽつぽつと置いてある。まだ早かったのだろうか?それとも二輪で通学する人は少ないのかもしれない。 推薦入試の時も思ったが、雄英ってでかい。流石日本一の学校。油断をすれば迷子になるだろう。私のクラスはA組、早速教室に入る。 「どこに座ればいいのかな?黒板にも何も書かれてないや」 「最初なら名前順だよね、名簿置いてある?……なにもない!」 「クラスメイトの名前知らないし、最初はテキトウでいーんじゃね?」 私よりも先にやってきていた同じA組の生徒が話し合っていたので、人が少ないうちに好きな席に座ることにする。身長が高い方なのと、後ろの気配を気にしなくて良いという理由で一番後ろの席だ。 腕時計をみるとまだ時間が余っている為に鞄から読みかけの本を取り出し、暇潰しの読書。 「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者型に申し訳ないと思わないか!?」 「思わねーよ、てめーどこ中だよ端役が!」 朝からテンション高いな……ていうか今時どこ中だって聞く人とかいるんですね。化石か? 「ボ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」 真面目か?真面目か。眼鏡かけてるし。 式の開始時間が迫ってるしそろそろ先生が来そうですね。栞を挟んで本を鞄に戻し、顔をあげる。教室の空気が静まり返っていた。なぜに? 「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」 あ、なるほど。先生が来ていたのか。寝袋に入っての登場とは思わなかった。 「てことは……この人もプロのヒーロー……?」 「担任の相澤祥汰だ、よろしくね。早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」 「「「え?」」」 人数分の体操着を教卓に置き、言うだけ言って去って行った担任の相澤先生。置いてけぼりのA組。 「――ハッ!?このままボーッとしていてはいかん!皆 先生の御指示だ、駆け足で着替えるんだ!」 「そ、そうですわね。女子の皆さん、女子更衣室が確かあちらにあった筈なので移動しましょう」 「男子更衣室ってどこ!?」 「教室でいいだろ、あの先生待たせたらチョー怖ぇぞ早く早く!」 合理性と仰っていましたもんね、やばそう。自分の名前が書かれている札がつけられた体操着を探しだし、素早く着替える。パンフレットを開いてグラウンドの行き方を軽く確認して教室を出ようとした。 「ネ、ネクタイってどうやって解くんだっけ……!?」 背後には未だにドタバタしているクラスメイト。放置しても良かったが、私は今、ヒーローを目指す者として此処に立っている。 「中学の制服は学ランでしたか?」 「わぎゃっ!」 もたつくクラスメイトの手をどかし、変な方向に縛られたネクタイを緩めて解く。ヒーローならば手伝った方がそれらしいだろう。 「ご、ごめんっ……!」 「ほらほら、リュックは置いてとっとと脱ぐ。これ、君の服です」 「そっそうだね!ありがとう、っえー、と、僕緑谷出久です!」 教卓の上に唯一残っていた体操着を渡し、慌てながら着替えて襟からすぽんとワカメ頭が湧きだす様を見守る。ワカメ……ワカメか…… 「緑谷。もしかして、一般入試で派手に0点ロボをぶっ飛ばしてた子?」 「うぇっあっぁっ、き、ききき君も見てたの……」 私は推薦入試の時点で合格していたのでそちらには参加していないが、希望すればモニタールームで見学が出来たようで折角だし高みの見物と洒落込んだ。 それで見ていた。逃げようとする九割の受験者の中で唯一、救助に向かった一割の受験者を。その時の光景を見て、彼が必死に女の子を助けようとしている顔を見て、疑問に思ったことがある。 「救助ポイントのカラクリ、気付いてましたか」 緑谷はビクッと身体が震え、小さく首を振って「気付いて、なかった、よ」と呟いた。 ……やはりか。 「そうだったんですね」 「う、うん……飯田くんには勘違いされちゃってたけど……」 おどおどと意気消沈する彼を見下ろし、相手に悟られぬように溜息を吐いた。 個性をきちんと操作できていないのに彼は飛び出したわけだ。救助ポイントの存在に気付かないまま試験を放り出したわけだ。女の子を助ける為に自分の身を捨てたわけだ。 なんというか……あっさり死ぬかアホみたいに長生きするかの二択の人生を送りそうだなぁ、と思った。 「私は轟雪成です、これからよろしく」 「よろし…………く?」 ……?なんです、穴が開きそうになるくらい見つめてきて。着替え終えたならグラウンド行きましょう。 戻る |