見上げれば青い空に白い雲。空気を吸うと、やや淀んだ酸素が肺に入る。それに既視感を抱いていた。可笑しいな?うーん?と首を傾げる俺を姉さんは不思議そうに見つめて、そして一緒に首を傾げた。

父さんは赤い髪と青い目で母さんは白い髪と茶の目。鏡を覗き込む俺の髪は黒で目は赤かった。可笑しいな?うーん?と鏡に手を伸ばして硝子に映る自分をなぞっていた俺に、母さんは俯いて「お母さんが悪いのよ、元気に生まれてきてくれて嬉しい」と哀しげに笑った。

いったい何時頃から始まったのかは覚えていないが、少し前からとある夢を見るようになっていた。
夢と言うには見える風景はやけに鮮明で、出てくる人たちは馬鹿丸出しで、天人という空の向こうからやってきた宇宙人もばんばん現れた。

「おかあさーん!かくれんぼしてたら雪成だけ見つからないの!」
「どこにもいないよー」
「あっちこっち探したのに〜!母さんも探して!」
「あらあら、雪成は隠れるのが得意なのね」

「奥様、失礼します!雪成くんが門の外の電柱に登っていましたのでお止めしようとした所、突如ヴィランが現れて攫われてしまいました!」

「えっ!?」
「雪成が危ない!?」
「ヒーロー!ヒーロー呼ばなきゃ!」
「お、お父さん呼ぶ……?」

夢で見た不可思議な知識が現実に現れて重なる度、小さい俺は直接確かめに行った。電柱を登ってそのまま昼寝するなんてまだ良い方で、タクシーを追いかけて県外まで迷子、なんて思い出も。最悪なのは外を走り回っていた時にヴィランと遭遇してしまった時だ。大体はヒーローが助けてくれたし怪我を負ったことは一度もなかった、何なら一度オールマイトが保護してくれたこともある。
『雪成に好奇心を煽るような見知らぬものを見させてはいけない』が家族のルールに加わったほどだ。年を追うごとに俺の奇行も落ち着いていったので一時期だけだったが、皆の警戒は凄まじかったな。ヴィランに誘拐されり人質にとられたりで大迷惑をかけていた自覚はあるから、そこは申し訳なく思っている。

「母さん」
「雪成?またあの夢を見てしまったのね……おいで」
「うん。……俺、いっぱい人を斬ってた。血がすごく流れて……」
「それはね、きっとヴィランよ。雪成はあのエンデヴァーの息子なんだもの、夢の中でお父さんの仕事を手伝っていただけ」
「……そうかな、そうかも」

道を外してしまいそうなものを見てしまっても何時でも優しく受け止めてくれる母さんがいる事で、俺は夢――――かつての記憶と今の区別をハッキリと付けられた。まあ、記憶などという大層なもんではなく子供が脳内でごちゃごちゃ作り上げた、ただの空想なのかもしれないが。それでも生まれて数年ぽっちの幼い俺には危険すぎるものだった。

比較的普通の家庭だった、と思う。親子仲も兄弟仲も、少なくとも俺から見える範囲では。父さんの存在は俺の中で僅かなものだった。滅多に顔を合わせることもなかったし、"父"という符号で認識していた気がする。

だが、その日は突然やってきた。俺の生き方に大きな指針を外付けられた日だ。とある春の朝、目が覚めたら寒くて熱かった。正確には右側が寒く、左側が熱かった。顔を洗う為に洗面所に向かいながら、風邪とやらでも引いたのだろうかと疑っていた。蛇口を捻って出てくる水が温かったから、もっと冷たくしなければと思った瞬間。俺の個性が現れた。

「まだ、どうかまだ待ってください、雪成はたったの三つです!あなたの考案したトレーニングなんてとても耐えられません……!」
「俺の子だ。年齢も考慮している、耐えてみせるさ」
「でも……せめて、せめて四つになるまでは待ってください。個性が発現したばかりでまだ安定していませんし、体温の調整も……ああ見てくださいあなた、顔色がどんどん変わっていっています、体調が優れないんです、お願いします」
「…………四歳になるまでだ、良いな」

それは嵐のようにやってきて、今までの普通をぶち壊していった。まずこの時点で兄さんたちとの兄弟付き合いは父さんが見ている前では出来なくなり。母さんの必死の説得で暫くの間は普通の子供らしく外で遊び回れたが、それで終わり。延長に延長を重ねて四歳の中間頃、俺は折角出来た交友関係を切らされて修行に打ち込む日々。

それは別に構わなかった。個性訓練も走り込みも筋トレも組手も、個性訓練以外は身体に馴染んでいる感じがしたし性に合った。骨は折れたしゲロは吐いたし気絶もしたし、そんなのが普通だったけど気にならなかった。俺が嫌だったのは、母さんが隠れて泣いていたこと。あとついでに将来を強要されていたことだ。

「お前は俺の血をもって俺を超え、オールマイトを超え、No.1になるのだ雪成」

強くしてくれるのは良い。ヴィランが蔓延る世の中、力を持ってて損は無い。でも、それで母さんが泣いてる。父さんは気にならないのだろうか。父さんは家族の笑顔を捨ててまでなぜNo.1の座が欲しいのだろうか。母さんはどうして父さんと結婚したのだろうか。そんなことを考える毎日。

「やめて下さい!まだ五つですよ……」
「もう五つだ!邪魔するな!!」

父が母をぶった。軽い音だった。父が訓練で俺に与える痛みと比べれば、可愛いものだった。

――それは違うだろう。
体内がカッと熱く燃え上がった感覚。母の叫び声と、父の驚いた顔を覚えている。

あれから月日は過ぎて、俺は今年で高校生になる。推薦入試に合格して雄英に通うことになった。
天人がいないであろうこの世界を、俺は生きていく。


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