見上げれば青い空に白い雲。空気を吸うと、やや淀んだ酸素が肺に入る。それに既視感を抱いていた。可笑しいな?うーん?と首を傾げる俺を兄さんはとても不思議そうに見つめて、そして一緒に首を傾げた。

両親はいない。血の繋がった身内は兄さんだけで、兄は黒い髪と黒い目。鏡を覗き込む俺の目は赤かった。可笑しいな?うーん?と鏡に手を伸ばして硝子に映る自分をなぞっていた俺に、施設の先生たちはその色も個性的で素敵よと笑っていた。

俺が赤ん坊の頃に両親は亡くなり、俺たち兄弟は孤児院に引き取られた。といっても当初は一歳未満だった俺は乳児院に預けられたのだが、一歳を迎えると直ぐに兄と同じ場所に移ったので誤差の範囲内だろう。しかし、当時の兄さんは訳も分からず俺と離れ離れになったことで酷く暴れたらしい。零歳の時の記憶は流石に覚えていないが孤児院の所有者兼出資者である風間さんが苦笑しつつ教えてくれた。

「なんとか説得はできたんだけど、毎日雪成に会いに行くと言って聞かなくてね。抜け出してでも会いに行こうとしてた……先生や近所の人たちが気付いて止めてくれたから未遂だよ。毎日の送り迎えは厳しいから、始めは週に一回通わせていたんだ。でも一馬は自分で道順を覚えて、孤児院を抜け出して、三歳児には遠すぎる距離を歩いて雪成の顔を見に行ったというわけさ」
「兄さんってブラコンなの?かざまくん」
「ん、んん、どうかな?ともあれ、仲がいいのは良い事だ」

風間といえば風間くんだろうという思考回路で幼い俺は風間さんにくん付けしていた。子供にくん呼ばわりされても笑って受け入れた風間さんは、どうみても子供のバイタリティではない兄さんへの質問を曖昧な顔で誤魔化し、答えることはなく。
両親はおらず、兄さんや孤児院の先生、似たような境遇の他の子供達と共に暮らし、たまに風間さんなどの大人が訪れる。という世間一般的な家庭環境とは程遠い日常だったが、俺に不満はなかった。貧乏なのは気にならないしそれなりに楽しく日々を過ごしていた。寧ろ、気にしていたのはまったく別の事だ。俺は風間さんとの会話より暫く前からとある夢を見るようになっていた。
夢と言うには見える風景はやけに鮮明で、出てくる人たちは馬鹿丸出しで、天人という空の向こうからやってきた宇宙人もばんばん現れた。

「ゆきなり!?どこだゆきなりー!!」
「一馬くんどうしたの?また雪成くんいなくなっちゃった?」
「せ、んしぇ……いないぃ……!」
「泣かないで一馬くん、大丈夫よ、あの子なら施設の外には出ていないでしょうから。一緒に探しましょ?」
「う゛ん゛っ」

「先生大変!!雪成が霊柩車を追いかけて飛び出していっちゃった!!」

「え!!?」
「びゃあああああ!!」

夢で見た不可思議な知識が現実に現れて重なる度、小さい俺は直接確かめに行った。霊柩車といった物はまだ良い方で、テレビにロケットが映った時なんてNASAに行こうと空港まで全力疾走、一番近くの空港に辿り着いた俺を偶々そこで仕事をしていた柏木さんが保護してくれたこともある。
『雪成に好奇心を煽るような見知らぬものを見させてはいけない』が孤児院の標語に加わったほどだ。年を追うごとに俺の奇行も落ち着いていったので一時期だけだったが、先生たちと兄さんの警戒は凄まじかったな。空港の件で柏木さんも時々孤児院に様子を見に来るようになったし……主に俺が何か仕出かしてないか確かめに。

「兄さん」
「なんだ雪成、また夢を見たのか?」
「うん……あのね、いっぱい人が倒れてて、それ、全部俺が斬ったの」
「雪成はそんなことしないぞ!いっしょにねたら大丈夫、変な夢なんてもうみない!」
「……うん、そうだね」

道を外してしまいそうなものを見てしまっても何時でも優しく受け止めてくれる大好きな兄さんがいる事で、俺は夢――――かつての記憶と今の区別をハッキリと付けられた。まあ、記憶などという大層なもんではなく子供が脳内でごちゃごちゃ作り上げた、ただの空想なのかもしれないが。それでも生まれて数年ぽっちの幼い俺には危険すぎるものだった。

「手紙送るからね、絶対だよっ」
「新しい親と向こうで生活しても俺たちのこと忘れんなよな」
「……雪成、お前は何があってもずっと俺の弟だ。離れてても苗字が変わっても、ずっと兄弟だぞ」

血の繋がりは俺にとってたいした問題じゃない。そんなのは希薄なもんだとすら思ってる。錦山も由美も大切な人で家族のように思っているし、風間さんや柏木さんも面倒を見てくれた恩義ある人だ。でも、血の繋がりがあるからこそ兄さんとは生まれてから今まで共にいた。俺を支えて守ってくれた、最愛の家族だ。もし家族がいなかったら、俺はきっと膨大な数の記憶に押しつぶされて自我が無くなっていただろう。

同じ家で暮らすことは出来なくなるけど、それでも兄さんとの関係は変わらない。同じ世界に生きている。
天人がいないであろうこの世界を、俺は生きていく。


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