9.

そう簡単には死なさそうだと直感した通りあの貴族のガキはあっという間にこのゴミ山に順応していき、メキメキと喧嘩の腕を上げていった。幼子の短い手足による致命的なリーチ不足は鉄パイプで補い、至近距離まで迫ってきた相手にはアーミーナイフを突き刺す。
本当に貴族出身か?と聞きたくなるような板についた悪ガキっぷりに感心半分呆れ半分。メシを食ってるガキに実際に聞いてみた。

「だからぼ、おれは貴族じゃない!ゴミ山のサボだ!」
「ああ、そうかもな」
「んぐっ!?」

おいおい、そんなに俺が頷いたことが意外か?こんなことで喉に詰まらせんなよ。
アーミーナイフを使いこなしているわけじゃないが、それだって多機能な物だ。この期間でよくやってる方である。鉄パイプなんかはもう完全に扱えてるしな、努力は認めてやらねば。

「最近大人たちの噂になってるぞ、やたら強いガキがいるってよ」
「そっか、おれも大分強く……」

嬉しそうな顔で鉄パイプを振るガキ。ニマニマと笑っていたが、ふと鉄パイプを俺の方に突きつけた。

「これからどんどん強くなってお前もぶちのめしてやるからな!」
「何百回でも挑戦は受け付けてやるよ、俺は優しいから」
「直ぐ負かしてやる!!!」

元貴族に早々負けてはやれねえなぁ。
ぷすす、こいつ無謀なこと言ってやがるぜみたいな雰囲気を作ってガキを見下ろせば、簡単に頭に血が昇って飛び出していった。



10.

「何か良い事でもあったか?」

爺さんが訪れた時、開口一番に言われた台詞。そう聞かれてパッと思い浮かぶものなんて、読める状態を保ったままゴミとして捨てられた小説を拾ったことだの干物の出来がうまくいったことだの、そんな程度だ。

「特には」
「そうか?わしの気のせいか。んじゃまァ早速、強くなる為の修行を始めるぞユキナリ!」
「分かった――じ」

じゃあ洗濯ものを取り込んでから、と最後まで言い終わる前に米俵のように抱えられズンズン進まれてしまう。爺さんに絡まれないようこそこそと隠れていたドグラに大声で「夕暮には雨降りそうだから洗濯物いれとけ!」言いつけた。
海軍中将自ら稽古をつけてくれるのは良い、有り難いくらいだ。金を払ってでも依頼したい輩もいるだろう。だからそれは構わない、しかし爺さんは如何せんマイペースで人の話を聞かない。

「なァユキナリ」
「何だよ」

普段使っている修行スペースまでの移動中、相変わらず人権を感じさせない持ち方で運ばれていた俺は爺さんに声をかけられ顔をあげる。自分で歩いてもいいんだが足の速さも歩幅も爺さんの方が上だから悲しいことに現状維持の方が良いんだ……

「好きな食いもんが人それぞれなように、嬉しいと感じることも人それぞれだ。肉が好きだという奴がいてもそれははたして食感が好きなのか、味が好きなのか、満腹になりやすいから好きなのか、理由も色々ある。だから同じものを好きだと言ってる人間同士でも言い争いが生まれる」

唐突にどうした爺さん。疑問に思いながらも頷く。

「そうだな」
「ユキナリ……世の中にはなァ、折角好きになったものが出来ても素直にそれを認められない人間ってのもいるんじゃ」
「……それがどうした?」

含む言い方をする爺さんに声が低くなる。いつも直球ストレートな癖に。

「お前はもっと素直になった方がいいっちゅうだけの話だ!まったく、小難しいことを考えてる時の顔が息子にそっくりだわい!」
「えっ、爺さんお前息子いたのか」
「なんじゃ言っとらんかったか?息子が一人孫が一人じゃ、孫は今二歳になったばかりでなァ寝顔がかわいくて――」

孫自慢モードに入った爺さんを尻目に、顎に手をあてた。そうか、孫がいるんだから普通子供もいるか……確かその子供の方も結構大物だったような気がする。というか、この型破り爺さんの奥さんってどういう人柄だったんだろうか。
爺さんの家族について知りたいような知りたくないような微妙な気持ちでいると、不意に大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられた。

「なに心配するなユキナリ、お前もわしの孫みたいなもんじゃよ!」
「そりゃ、どう、も、うっ」

強い力でがくんがくん首が動かされる。もしやこれも修行の一種か?おい、と思わず突っ込みたくなるような力加減。
この爺の愛情表現荒っぽいんだよな、本当。



11.

――木の幹に凭れ掛かり、空を見上げていた。
穏やかな風が雲を動かし多彩な形を作っていくのを、何もせずひたすら眺めていた。
朝、昼、夕、夜。時間帯によって変わる空の色をただただ見ていた。
何となくだった。
自主練に勉強、狩り、道具作りなど、やることは多いが、それでも休憩はしなければならない。その少ない空き時間中、偶々なにもやる気がない時、俺は空を見上げてぼんやりとするのが常だった。
何となく、空を見上げていた。
快晴も曇天も雨も霧も、どんな天気でも空を見上げていた。

「雪成」

物柔らかな声が俺の名を呼ぶ。
いや、違う。
俺の名であって、俺の名ではない。
別人であって別人でない、名を呼ばれた。

「貴方は私の手伝いをしてくださいますが、貴方自身がやりたいことはないのですか?」

ぴくりと眉が動いた。
…………ない。
何もない。俺には何も思いつかない。

「まだまだ若い身で何を仰います。人生は続きますからね、ゆっくりと見つければいい」

はは、そうかそうか。
死ぬまでに見つけられれば御の字だな。



『まずはその斜に構えた顔をあげて、それから歩き出しましょう』

先程よりも鮮明に聞こえた声に、思わず顔が上がってしまった。

『貴方だけの人生はこれから始まっていくのですから――――ねえ、ユキナリ』



木窓から差し込んだ朝陽に目を細め、がしがしと頭を掻きながら起床する。

「まったく、言うは易しだな……松陽」

嫌味なほどの暖かな日差しに包まれて溜息を吐く。
深く長い溜息を終えてから、久方ぶりに少しだけ口角は上がり目尻が下がった。
背中を押されちゃあ仕方がない。
一先ずは……そうだな、素直にでもなってみるか。



「サボ お前、俺らのところに来るか」
「え。…………え?えっ!!なんだって!??」

驚愕で目ん玉をかっぴらくガキにくつりと喉を鳴らしながら、本日二度目の笑いを浮かべた。


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