6.

一日に二回あるゴミ放出の一回目。真ん中に小さく罅が入った虫眼鏡を拾った。捨てたのはきっと中心街に住んでいる貴族の奴らだろう、罅がこんなにも極小なのにゴミにしやがって。なんて大して恨んでもない恨み言を呟きつつ、リュックに詰め込んだ。用途は読み物ではなく火を起こす為である。

「へっへっへ、随分と上等なもんを拾ったなァ、お前みたいな餓鬼にゃ勿体ねェ……」
「痛い目みたくなきゃ大人しくおれたちに寄越しな」

服の袖に隠したナイフで何時でも喉を裂けるようにして振り返ると、誰もいなかった。強請る相手は別にいたらしい。声の大きさからして傍にいるようなので息を潜めて周囲のゴミの山を探る。

「ふざけるな!これは僕のものだ!」

大人二人組に強請られていた相手は俺と同い年ほどの見目をしたシルクハットを被った男。……なんで中心街のガキがこんなところにいるんだ?訝しみながら大人二人組の背後を陣取り、鉄バットを握り直した。スピード勝負でいこう。

「馬鹿な餓鬼め、おれ等二人に敵うとで」

まずは一人目。

「おい、どうし」

二人目。数秒の時間差で地面に倒れ伏した二人組をゴミの山に蹴り上げて頭から突っ込ませる。大人の男二人に全力でフルスイングした鉄バットが凹んでいないか確認。よし、まだ使える。
ガキに目を向けると、呆気にとられた様子で俺を見つめていた。

「ついてこい、大門はあっちだ」

何故貴族のガキがこんなところにいるのか分からんが、貴族に傷を負わせたと思われて不確かな物の終着駅≠ノゴミ狩りが行われても困る。此処はいい蒐集場所だ。他の連中に絡まれないようにとっととお帰り願おうと、俺が案内しようとした時。

「嫌だ!僕はここで生きる!」

は?今なんつった、こいつ?ガキが叫んだ言葉に呆れながらもう一度ガキに目を遣る。

「……」

俺はてっきり、このガキは親との喧嘩の末に後先考えずゴミ山にまで来たのだと思ったのだが。貴族生まれのガキにしてはしっかりとした意志が映りこんだ瞳で俺に強い眼差しを向けていたので、大門の方面から足を動かしてガキと向き直った。

「ぬくぬくのお坊ちゃん如きじゃ、どうせ直ぐ死ぬぜ?」
「ぼ、僕はお坊ちゃんじゃない!ゴミ山で生まれた孤児だ!!」
「ふーん。ま、どうでもいいけどな」

袖の内側に縫い付けた隠しポケットからアーミーナイフを取り出し、ガキに放り投げた。それを咄嗟に受け取ったガキの反応を見るに少なくとも反射神経は良さそうだ。

「わっ、な、なんだよ、これ」
「やる」
「……これ、何の道具だ?」
「ナイフ。此処に住むなら武器の一つは持ってなきゃやってらんねえよ」

最初は訳が分からなさそうにナイフを眺めていたガキの目が見開き、ぎゅっと強く掴み直した。

「そのナイフを扱いこなせるようになれば、そん時はお前も立派な不確かな物の終着駅≠フ住民だ」



7.

暫く様子を窺っていたが貴族のガキの捜索隊が派遣される気配もなく。もしかすると完全に縁を切ってこの場所に来たのかもしれない。それか、まさか家出をするにしても行き先にゴミ山など選びやしまいという考えでそもそも捜索の手がこっちには及んでいないだけかもしれない。

「うわぁ…………い、いやいや、カビの一つや二つ、それがどうした!」

そのガキが決死の覚悟で黴が生えまくったパンを大口で食べる瞬間を、偶然通りがかった俺が目撃した。

「う、うえ〜〜!ぺっぺっ!!まっず!!!絶対に腹が壊れる!!!」

だろうな。

「貴族舌には合わねえだろ、ガキ」
「あっ!?お、お前はこの前の!!」

涙目で口元を抑えながら睨みつけてくるガキ。トントンと鉄バットで肩を叩き、鼻で笑って見下した。

「此処の連中でも黴は最低限取ってから食うぜ」
「ハァ!?それ本当か!!?」
「マジだよ馬鹿」

そもそもこのくらいじゃ腹なんてくださないけどな、と付け加えれば、俺の罵倒に憤っていたガキは一変ドン引いた表情になり、だが直ぐ真面目な顔に変化してパンの黴をちびちびと千切り再び食い始める。

「何事も慣れだ、貴族のガキ」
「僕は貴族じゃないしガキでもない!!」

おうやたらと元気だな、このガキ。バイタリティに溢れてやがる。いいね、嫌いじゃないぞ。そんなガキに一つプレゼントだ。

「……なんだよこれは?」
「おにぎり」
「おにぎり?」
「いや失礼しました貴族様、おにぎりとは私め庶民の食べ物でございます」
「うるさい僕は貴族じゃないぞ!!!」

はいはい、貴族じゃない貴族じゃない。



8.

「「あ」」

曲がり角で接触したのは貴族のガキ。擦り傷切り傷が増え、綺麗だった衣服も汚れている。うむ、だいぶ染まってきたか。俺に会った途端嫌そうに顔を顰めるガキに用があるわけもなく、横を通り過ぎる。

「……待てよ!」
「あ?」

話しかけられるとは思わなかった。足を止めて横目で見遣るとガキは僅かに逡巡しながら視線を動かし、やがて頭を下げた。

「あー、なんだ、その……ありがとう、助かってる」

藪から棒になんだ?

「――ナイフとご飯!お前がくれたやつ!」
「…………ああ」

なるほど、恵んでやったアレな。別にたいしたものじゃない。

「俺にとっては幾らでも用意出来る物に過ぎねえが……ガキの割に一丁前に礼儀は弁えてんな」
「あ〜〜〜一々腹が立つ言い方をする奴だな!ぼ――……ッおれはガキじゃなくて、サボ!!サボっていう名前があるんだ!!……って無視すんなァァァ!!」

背中にガキの怒鳴り声を浴びせられながら無言でゴミ山を進んでいった。


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