1.

見上げれば青い空に白い雲。飛び交うのが鳥だけというのが、不思議で仕方が無かった。ダダンたちに聞いても偶にやってくる爺さんに聞いても、空を飛べるのは鳥ぐらいだという返事しか来なかった。可笑しいな?うーん?と首を傾げる俺に爺さんはこっそりと、

「実は人間も空を飛べるんじゃい」

なんて悪戯っ子のような笑みと共に地面を蹴り上げて宙に浮かび、重力に沿って落ちる前に何度も空気を蹴り続けて空を駆けてみせた。その光景を見た俺は内心ではこれじゃないと思いながらも、それはそれとして凄いと燥いで拍手を贈った。

「おれにもできる?」
「わしのような強い海兵になれば出来るぞ!」
「ならいいや」
「なれ!!」

爺さんは海軍本部の中将でとても偉い立場の人なのだが、俺の前ではただの親バカにしか見えなかった。様々な犯罪を犯した山賊を見逃した上に赤子だった俺を預け育てさせているくらいには型破りな性格をしている。そしてやたらと海兵という職種を押し付けてくる。
子供の未来を強制しないでほしい、と断固としたNOを出しているのだが一向に諦める気配がない。

……そして俺は、何故爺さんがやたらと俺に海兵になれと言ってくるのか、その理由を知っていた。
海賊王 ゴール・D・ロジャー≠フたった一人の息子、それが俺だった。
同年代に生まれた、或いは生まれる前の子は『あのロジャーの子供かもしれない』という疑いを少しでも持たれれば親や周辺のどんな懇願も説得も無視されて殺され、大規模な赤子狩りが行われたらしい。

俺は"鬼の子"として忌み嫌われているのだ。多くの無垢な命を犠牲にして生き続けている。
そりゃあ俺は自殺志願者ではないから生きていたい。だが爺さんは違う。父は海に蔓延する賊で、爺さんはそれを捕縛する海の兵。何故敵の息子を辺境の地で生かしているのか知らないが、健康に成長している以上、何時かこの出自が人生の壁になる。

出自が発覚してもそれを打ち消せるような功績を立てていれば。
中将である爺さんの膝元で出自そのものがバレないようにすれば。

俺はこの世界で大手を振って生きていけるのだろう。それが爺さんの狙いで、願いだ。

生きていけるのだろうな、きっと。

――しかし、俺は海兵になる気はなかった。



2.

とある夢を見るようになったのはいったい何時頃だったろうか。夢と言うには見える風景はやけに鮮明で、出てくる人たちは馬鹿丸出しで、天人という空の向こうからやってきた宇宙人もばんばん現れた。

「うおっ!なんだこの干物の山!?」
「俺が作った。手ェ出すなよ」
「おいおい、誰がユキナリに作り方教えたんだ?」

夢で見た不可思議な知識を俺は実行した。見るのとやるのじゃ大違いで最初は手間取ったが直ぐに慣れ、山暮らしで不便な日々を送らざるおえない現状を変えるべく夢に出てくる便利な道具の数々を見様見真似で作り上げた。教えてもいなければ本に載ってもいないことを次々にやってのける俺をダダンたちは訝しがったが、ついでに作ったダダンたちの分の道具を渡してやれば言及してくることはなく。

「一体全体あのガキはどっからあんなやり方覚えてくんでしょうね?」
「フン、"鬼の子"は普通のガキとは違うってことだろうさ。こうやって使える以上は出所なんざどうでもいいよ」

ダダンたちが深夜に干物をツマミにしながら飲み交わしている様を窺ったことがある。ダダンは冷たい物言いをするが、俺の背景を考えれば至極当然のことだ。爺さんの圧力があるとはいえ"鬼の子"との生活なんてハイリスクローリターンすぎる。
此奴等はこうみえて情に厚いところがあるから、いざという時の為に情が移り過ぎないよう距離をとって生活していた。



3.

「……いつか襲ってくるんかね」

木の幹に凭れ掛かり、青空に向けて呟く。これから先、あの夢のように――――かつての記憶のように地球の外から宇宙人が侵攻してくるのだろうか?爺さんのような実力を持つ奴らが山ほどいるなら侵略は阻止されるかもしれない。そんなことを考えながら眺める青空は普段よりもくすんで見えた。

まあ、記憶などという大層なもんではなく子供が脳内でごちゃごちゃ作り上げた、ただの空想なのかもしれないが。それでも生まれて数年ぽっちの幼い俺には危険すぎるものだった。お蔭で四つにも満たない齢でなってしまったのだから困ったもんである、ははは。

(『海賊王におれはなる』、ね……なってどうすんだか)

"海賊王"……俺はその呼び名を爺さんに教わる前から知っていた。十中八九、記憶の所為だろう。彼が死に際に放った一言は人々を海へと駆り立て、"ひとつなぎの大秘法"は存在して、そして俺は、俺は…………

「あ〜だめだめ、こういう時は考えるのを止めるに限るな」

首を振って思考を止め、幹に凭れ掛かった状態でずるずると身体をずらして地面に仰向けになった。上着を脱いで枕代わり、昼寝の態勢を整えて目を閉じる。
だが、思っている事や感じている事を止めようとしたって、嫌なループに入り込んでしまっている時はどうしても抜け出し辛い。寝ようとしても寝られなく、巡る思考は止まらなかった。

生きていても何か目的があるわけでもない。ただ生きていても、なにも楽しくはない。死にたいわけではないから生きているが、悪戯に時間を浪費するだけの人生なんて生きている意味があるのか?

罪のない那由多の赤子の泣き声が聞こえる。
堕ろされた胎児が泣き声をあげる間もなく死んでいった。

それでも、俺は此処で生きていく。
そして、この声を無視することはできそうにない。
ということはつまり、今後の人生はこれ等を背負って生きていくということに他ならないのだろう。


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