奇妙な臭いの痕跡。
テレポートに類似した血鬼術を自在に使えるのだとすれば、活動時間外である筈の昼間だとしても日陰や家中の女性に被害が出るはず。しかし町の人達は毎夜と言っている。
若い女性だけを狙う傾向。
話を聞いた限り、攫われた女性は全員十六の齢である。幼い女の子は無事で、ある程度育った十六の女性だけ。今まで会った鬼は人間ならば何でも喰べていたがこの町の鬼は明らかに偏食していた。

以上のことから、今回の鬼は噂が拡大する事と人目につく事は避け、確実性を好む性格である事が分かる。夜なら万が一でも太陽の光に晒されず、活動する人も減り発覚が遅れる。
若い女性を好んでいるのは……鬼にも個性がある、と捉えるしかないだろう。弱い鬼は食事の好みにとやかく言っていられず一先ず喰べる事そのものを優先する。血鬼術を使用できるほどの鬼は容易く人間を攫えるので己の好む味を優先する。

まだこの町には十六の女性が存在するのだから、今夜もまた被害が出ることだろう。同い年の女性はいるかと和巳さんに問い合わせた所、数名の女性がピックアップされる。全員分の住所は判明しなかったので、残りの分は出来るだけ訝しまれぬよう愛想良くして町人に聞き込んだ。点々と在る十六歳の女性が住む家々、その中心地付近で一番高い建物の屋根に立ち一夜中見張りを行う。此処からなら何処に鬼が現れたとしても素早く駆けつけることが出来る。

ベテランならばどう考察するのだろうか、素人目ではこういうことだと思ったのだが。

いやしかし、新人研修も無しに初任務は本当にどうかと思う。鬼殺隊隊士の死因、年齢と隊歴と任務達成数の統計を取れば確実に新人一年目が大多数を占めること間違いなしとしか考えられない。
ただでさえ政府非公認な組織だ。人がおらずてんてこまいなのだとは察しがつくが、だからこそ新人への教育が大切なのではないだろうか。この体制では隊士の数は減っていく一方。まあ、才能の卵はこの劣悪な環境の中でも育つ場合はとっとと育つのだが。

「!」

勤め先への愚痴を吐いていると、鬼の臭いが町の一角で強まった。
厄除の面を顔に嵌め、屋根から飛び降る。現在移動中の鬼の元へ向かう最中、鬼は極普通に走っているかのように迷いなく一直線に動いていた。道行に障害物もあるだろうに、破壊する音は耳に入らず真っ直ぐそのまま。この出来事で先述の血鬼術考察が間違っていた事と気付く。

(そうか、これは土や壁に潜むことが出来る能力か!)

壁や塀の上には臭いが在留していたが、上空には何も残ってはいなかった。テレポートならばそこかしこに臭いが在っても可笑しくはないにも関わらず、である。これで納得がいった。この鬼は何もない場所に現れることは不可能なのだ。

(発見――――其処!)

二つの気配と臭いが土の下に在る。あとで手入れをしようと決め、鬼目掛けて深々と刀を地面に突きたてた。

「意識はありますか?」

闇のような黒い影が広がり寝間着姿の女性がゴボリと浮き出てくる。急いで救助し声をかけるが返答はなかった。怪我はしていないようだ。それなら寧ろこの異常事態にパニックが起きずよかったかもしれない。半身浴のように土に浸かっている鬼から距離を取りながら、背負う箱に囁く。

「もし私の間合い外から鬼が女性を攫おうとした時は、頼みますね」

私の声のボリュームに応じた小ささで返ってきた返事に微笑みながら、先に箱を地面に降ろして女性を箱に凭れ掛からせた。箱と女性を背に刀を構える。

「お前には聞かねばならないことがあります」

鬼からギリギリと歯軋りの音が聞こえてくる。顔面に筋が浮かび、女性を救出した私を睨みつけたまま何も話さずに土の中に潜っていった。

「ええ、素直にお答え頂けるとは思っていませんよ」

臭いは消えていない、私の隙を窺っているようだ。
呼吸を意識しながら嗅覚を研ぎ澄ませた。数拍を置き、臭いが迫る。

――水の呼吸 漆ノ型

不意を突いたつもりであろう鬼に迎撃しようと突きだすが、突如鬼の臭いが三つに増えた。

(分身!?不味い漆では無理だ)

――肆ノ型 打ち潮

前左右の三ヵ所から手を伸ばす鬼三人。無理矢理型を変更した所為で威力の落ちた肆ノ型によって凌ぎ、後ろに下がりつつ追撃を咥え様とするが再び土に潜ってしまう。

「それも血鬼術ですか?確かに一人につき一つとは断言されていませんが、多才ですね」

三人共に同じ臭いである事から同一人物だと思われる。鬼は基本的に群れないと聞く、であるからには分身体なのだろうが……土に潜れる能力と分身の能力、二つ力がある。明らかに新人隊士には荷が重い。

(これ、お給料沢山貰わねば割に合いませんね)

そういえば鬼殺隊の給料について話を聞いていない。取った頸の数によって変わる歩合制かもしれない。そんなことを考えていると、女性を引きずり込もうとする鬼が一体現れた。

「御触り厳禁」

――水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

ちょっとだけ給料袋とダブりながらも頸を斬る。……他の二人の臭いは継続していた。本体は他二人のどちらかだったのか、全員の頸を斬らねばならないのか。

「貴様、中々やるな。二つ角の俺を殺すとは」

一つ角の鬼が離れた場所に現れ感心した風に話す。

「しかしこの町では随分十六の娘を喰ったからな、時間が経てば直ぐにまた新しい俺が顕れる」

もう一体の三つ角の鬼は強く歯軋りをしたまま左側の塀にいるのを横目で確認した。一撃で仕留めなければ、或いは気絶させるほどのダメージを与えなければ土に逃げられる。厄介な。

「一昨夜に攫った里子という女性は何処に?」
「里子?誰のことかねぇ、この蒐集品の中にその娘のかんざしがあれば喰ってるよ」

まるで自慢でもするかのように服を捲り、内側に飾られた数多の品々を見せつけてきた。コレクター。その単語が思い浮かび、失笑する。

「どうした、己の無力さに苛まれ頭が可笑しくなったか」


「まあ、それに似たようなものです」


――水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫


「がっ」
「第三の俺!」

壁伝いに縦横無尽に動き目を錯乱させ、三つ角の鬼を斬り落とした。

「本当嫌になりますよ、沢山の被害者が出てからでないと我々は出動できないのですから」

真選組の方もこんな気持ちになった事があるのでしょうね。あんた等よくもまあ幕府側でやってけるなと疑ってしまうような気質持ちばかりでしたけど、その分とても真っ直ぐな方々でしたから。


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