故郷の山や炭を売った村々、狭霧山、狭霧山近くの町。それが今までの私の活動範囲。
私がこの人生で訪れた町の中で一番広い規模だ。その分活動している人の数も多く、そして匂いの量も相応。特にきついのは女性だ。化粧品の匂い。相手にバレぬよう避けなければ。といっても、狐面を側頭部につけ見慣れぬ服を着た少年という風体な私なので、相手から若干距離を置いてくださるんですが。
鬼が出没しているだけあって町の雰囲気は薄暗く、住民たちもそこかしこで噂している。耳を澄ませば簡単に噂話を拾うことが出来た。

「ほら和巳さんよ。可哀想に、やつれて……」
「一緒にいた時に里子ちゃんが攫われたから」
「毎晩毎晩気味が悪い」
「ああ嫌だ、夜が来るとまた若い娘が攫われる」

目元に幾つか怪我を負っている男性と擦れ違った。悲しみと当惑の匂い。先程の噂話と合わせてこの人から話を聞いてみようと後を追い、ふらふらと危ない足取りの背中に声をかける。

「和巳さんですよね?御傷心中申し訳ありません、少々お時間を頂けませんか?」

和巳さんは私の言葉に、やや間をおいて頷いてくれた。頭を下げて話を続ける。

「若い年頃の娘さんが攫われる事件について調査を行っておりまして、和巳さんが宜しければ事件当時の詳細を教えて頂きたいのです」
「……君が?構わないけど……こっちだよ」

年若い少年が事件の調査をしているといっても信じ難いだろうが、鬼殺隊の隊服が警官服と同じ襟詰だったからか、誰でもいいから話を聞いて貰いたかったからか、和巳さんは事件現場に案内してくれた。

「直前まで普通に会話をしていた、でもここで振り返った瞬間に里子さんが消えていたんだ。信じて貰えないかもしれないが……」

微妙にだが鬼の臭いが残っている。120%鬼の仕業だ。しかし可笑しい、どんなに素早く走ったとしても臭いは線上に続いていく筈。日数の経過と臭いの強弱によっては風で飛ばされて途切れ途切れになることもあるが、この臭いの残り方は奇妙だ。

(待てよ。……もしや、血鬼術か?)

テレポートのように現れては消えることが出来るなら、この転々とした臭いも納得がいく。鱗滝さん曰く血鬼術の種類は千差万別。ならば想像力は豊かにしておくべきだ、有り得る。

「信じますよ、和巳さん。私は常人よりも鼻が利き、犯人の臭いも分かっています。この現場にはその犯人の体臭が在留していました」
「な、なんだって……!?」
「和巳さん、里子さんの匂いが分かるような普段から身に付けていた物をお持ちでしたら、お借りすることは可能でしょうか?犯人の臭いと同時に里子さんの行方も追います」
「あ……ああっ、家にある、里子さんがくれた贈り物!すぐに持ってくるよ!」
「私はこの周辺を探っていますので、お願いします!」

人がいないので壁や地面にべったりと張り付いて隈なく臭いを探し出す。……ぶつ切りばかりだ。これは町中を捜索する必要があるかもしれない。

「はぁっはぁっ、これだ、里子さんの……」
「ありがとうございます。必ず返却致しますので、和巳さんはお休みください」
「いや待ってくれ、僕も一緒に探したい!頼む手伝わせてくれ!」

大急ぎで持ってきてくれたのだろう和巳さんは汗をかきながら手巾を渡してくれた。休むよう言うと、首を強く振って叫んだ。しかし、和巳さんは見るからに一般人。武芸を嗜んですらいない人では無理だと告げるしかない。

「犯人はとても力が強く、万が一遭遇した時は訓練を積んでいない人では到底太刀打ちできないのです。それに貴方には既に十分ご協力頂きましたよ」
「でも、でも僕は!里子さんを助けたい!里子さんを御両親の元に帰したいんだ!」
「……和巳さん」

彼の気持ちは痛い程伝わってきた。だが私は鬼殺隊に入ったばかりの新人で、しかも血鬼術を使えるかもしれない鬼が相手。他人を守りながら戦うことが出来る程の実力が私にあるとも思えない。

「申し訳ありません。どうかこの件は私に任せ、和巳さんはお待ちいただきたい」

至らなさを恥ながら深く御辞儀をする。

「…………分かった。君は僕の話を信じてくれた……僕も君の言うことを信じる」
「……ありがとうございます」
「僕の分と、それから他に攫われた人とその家族の分まで頼む、助けてくれ!」

懇願だった。痛々しいくらい切実な願い。私の手を強く握り頭を下げてくる和巳さんの姿に、仕事への意気込みを改めた。

「全力を賭します」

里子さんが攫われてから時間が経っている。その事がどれほど絶望的なことか。
彼には言えないが、現時点で彼女の命は無いものと見ていい。だが、もしかするとまだ生きているかもしれない。その可能性が捨てきれないことも事実。
解決は早い方が良い。出来るなら今夜中にケリをつけたかった。


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