――全集中・水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

「鱗滝!!!」

五十もの数の人を喰った鬼。真菰と錆兎、鱗滝さんの弟子たちの仇。
その鬼の頸を斬り、地面に降り立った。



『アイツの弟子はみんな殺してやるって決めてるんだ』

『女のガキは泣いて怒ってたなァ、フフフフッ、その後すぐ動きがガタガタになったからな、フフフフフフフッ、手足を引き千切ってそれから喰ってやったんだよ』

『宍毛のガキは頭を握り潰した!俺の頸を斬った瞬間刀が折れたんだ、その時の顔は見物だったぜぇ』

『フフフフフッ最近はずっとアイツは弟子を寄越さなかったからなぁ、たっぷり味わってやる!』



憎たらしい表情でそう言われた時は、確かに頭に血が昇った。
絶対に奴の頸を斬り取ってやると、刀を持つ手の力が籠った。
だが、仇を取るや否や、不思議と頭の血がさっと引いていくのだ。何故だろうか。死体打ちをする気が起きない。鬼が死を迎えると骨も残らないのに、直ぐに手を出さなければもう痛みを与えることが出来なくなるのに。
……いや、そもそも、死体打ちをするつもりは最初からなかった。

ただ、分からなかったのだ。
仇を討った時、私自身がどういう反応をするのか。

達成感で嬉しくなるのか、仇なぞ何の意味もなかったと虚しくなるのか。
罪を罰で濯いだ時、この鬼へ向けていた強い感情が無くなるのを感じ、背後に放り出された鬼の頸に振り返る。

戦闘中、鬼からの攻撃で罅が入っていた厄除の面が限界を迎えたのか、ぴきぴきと音を立ててついに壊れた。

鬼と目があう。

鬼は此方を凝視している。最後の悪足掻きが起こるやもしれぬと一瞬考えたが、取り止めた。悲しい匂いが滲み、鬼は私から目を逸らさなかった。


「……」


消えつつある鬼の胴体には一つだけ手が残っていた。
頸を守るように数多くあった手の一つは、掌を見せる形のまま力なく放置されている。


「お前は私の兄姉弟子たちの仇。それ以外にも沢山の人間を喰らっている、酷い鬼です」


その手はまるで、誰かに握られる為に差し出されているかのようだった。


「……お前は間違いなく被害者だった。ですが加害者にも成ってしまった」


静かに緩やかに言葉を滑らせる。
その合間に身体の殆どが消えていくが、言い切った後も目の前の手だけは残っていた。
だから、きっと、そういうことなんだろう。
彼の手に歩み寄った。


「名も知らぬ人よ。君は運が悪かった……さようなら」


両手でそっと包むように握りしめる。
そうすると、彼は小さく握り返してきた。
間もなく彼の身体は全て灰燼と化してしまったが、最後に彼から嗅げた匂いは悲しさの中に少しだけ安心が混ざったものになった。

人喰い鬼は今後も人を喰い続ける。一度喰ってしまっては駄目なのだ。
追い詰められて殺されかけて、そうして死を迎える直前に、かつての心情が僅かに蘇る、その可能性が漸く生まれる。
そうまでしないと昔の記憶を思い出すこともできない。

――鬼舞辻無惨、奴から血を与えられた所為で。

鬼は須く、鬼舞辻の被害者だ。
元々が被害者であっても、被害を出す以上放ってはおけない。加害者になった鬼は始末する。
そうでなければ死んでいった無実の人たちが報われない。

だけど。

頸を斬り、死の淵にまでいった時は――――彼らが人であった時を思い出し、心が人に戻ったならば。或いは、鬼の自分に悲しみを覚えたならば。異形の身体を持つだけの、罪を償いたいと願う人間で在るのなら。
真摯な気持ちを持つ者がいるとすれば、私はそれに真摯に向き合いたい。




「真菰、錆兎、皆さん。私はきちんと、勝ちました。アイツに」

既にクライマックスの気分ではあるが、まだ始まったばかりなのだ。
地面に転がった厄除の面の欠片を拾い集める。可能な限り拾い、小石が入った小袋に入れて紐を結び直した。砕けたのは左目周辺部分だけだが、このまま顔に付け続けるのも難なので前頭に回す。
気を引き締め、周囲の気配を探る。
最終選別は後七日。気合を入れてクリアし、私を待っている人たちがいる場所に帰らなければ。


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