錆兎、時々真菰と戦う日々を送っていく内に、ついに最終選別が開催されることが決まったようで、鱗滝さんから大きな怪我をしないよう修行も控えめにしなさいと言われた。
錆兎対真菰対私、三人での集団戦を終えると、真菰は刀を納めながら「ついに明日だね」と笑う。

「知っていたのですか」
「俺たちの力を全てお前の血肉に叩き込んだ、堂々とぶつけてこい」
「寂しくなるなぁ……」

最初は追いつけなかった真菰のスピードも、全然捌けなかった錆兎の剣戟も、今では追いつき捌ける。これも二人が私に毎日稽古をつけてくれたからだ。

「必ず帰ってきます、待っていてください」
「うん、約束ね」

この二人でも突破できなかった最終選別のレベルは推して知るべし。二年間で私は以前とは比べものにならないほど強くなったと自負しているが、心してかかろう。
いやしかし、鬼殺隊が求める新人隊員の強さ水準高すぎません?かつての世界でもあったように、バックについている保護者が嫌いだからソイツが育てた奴は全部落としてやれなんていう意地の悪い試験管でもいるのだと考えた方が良いのでは?錆兎でも駄目って、応募してきた新人全員駄目だと思うんですけど?
待てよ?もしや他の育手が育てた弟子はスーパーサイヤ人並みの戦闘力を持っているのか?つまりベジータか。私が知る強さの基準である錆兎をヤムチャだと仮定すると、だとすれば最終選別のレベルは……フリーザ。

「……心してかからねば」

シリアスな面持ちで握り拳を作る私に真菰は応援を送ってくれたが、錆兎は微妙な雰囲気を滲ませていた。

帰宅して早速、試験会場である藤襲山まで向かう旅の準備をし始める。
修行と睡眠の時間確保に手一杯で切る時間をカットした結果伸ばしっぱなしにしていた髪。まずこれを切る。乱雑に縛っていた髪紐を解き、散髪開始。バリカンが欲しい、文明の利器が欲しい、と思いながら手を伸ばして後ろ髪を切っていく。いっそのこと坊主にしたいくらいだ。
だが出来ない。何故なら家族が私の髪を好きだと言ってくれたから。私の髪も、そして誰にも似ていない目の色も。特に炭治郎は私が髪を切って売りに行こうとするのを嫌がった。

「兄ちゃんの髪は綺麗だ」
「俺がもっと頑張るから、いっぱい頑張るから!」
「だから……売りになんて出さないで」


「……」

眠る炭治郎の姿を見つめながら、人間だった頃の炭治郎を思い出し、そうして髪を切り終えた。
旅支度を一通り済ませて炭治郎の頭を撫でる。夕飯の支度をしている鱗滝さんの傍に寄ると、なんだかいつもより匂いが混ざっていると思っていたがなんと普段よりも豪勢な夕飯が用意されていた。鍋だ。囲炉裏の火で炙られている魚にはふんだんに塩がかかっていて美味しそうな匂いが漂う。

「良いんですか、こんなに?」
「遅れてしまったが、全ての修行を終えた祝いだ。遠慮せず食うといい」
「ありがとうございます、鱗滝さん」

修行満了の祝いと最終選別前日の景気付けらしい。鱗滝さんからたっぷり具と汁が注がれたお椀を渡され、口に運ぶ。口いっぱいに幸福が広がる。

「美味しいです!」
「そうか。まだまだある、好きなだけ食べろ」
「はい」

はふはふと熱々の鍋を食べ進めながら、結局鱗滝さんの食事の手伝いは滅多に出来なかったなと少し残念な気持ちになる。鱗滝さんと真菰たちの想いを受け取り、炭治郎以外にも絶対に生きて帰らなければならない理由が増えた。だから今までもずっと修行漬けだった。
最終選別の日付が決まってからは修行の数も減量したので、僅かですが手伝えたけれども。
たっぷりと夕飯を食べ収めた。鱗滝さんは相変わらず具のサイズをでかく切るので、食べ応えがありとても美味しい。
就寝にはまだ早いので歯を磨きながら小窓から月を見上げていた時、鱗滝さんは鬼の強さは人を喰べた数に比例することを教えてくれた。そして、棚からとある物を取り出して私に差しだす。

「これはまさか……例の」
「なんだ、隠れて彫っていたのだが気付いていたのか。これは厄除の面という、お前を災いから守るようにとおまじないをかけておいた」
「おお……!」

真菰と錆兎、二人がつけていた物と似た狐のお面。異なるのは模様。錆兎には本人の素顔と同じ位置に傷跡が、真菰には着ている着物と似た柄が、私には左側の額についた痣を表した太陽が。それぞれの個性を表現された鱗滝さん手製のお面。感動で目が輝き、にっこりにこにこ笑顔が浮かぶ。

「ありがとうございます!嬉しいです!」

ふっへへへ。やばい、だらしない笑みが……実は私、ちょっとお二人が羨ましかったところがありまして。それがこのお面なんですがね?真菰は鼻がお揃いで良いなと仰っていましたけど私はお二人の面がお揃いで良いな、と。これで鱗滝さんとお面でお揃い。それどころか真菰と錆兎ともお揃い。きっと他の弟子たちともお揃いだ。すぐさまカポッと顔に被せた。

「どうですか、似合いますか!」
「ああ、ぴったりだな。後で顔に括りつけられるように紐を付け足さなければ」
「ふふふふ」

あー、やっぱり視界は悪くなりますね。少しばかり嗅ぎ辛くもなる。お面を被ってあの動きをしていた錆兎は矢張り素晴らしい。真菰でも前頭に付けていましたし。お面を外して、ふとお面の表情に興味が移る。

「鱗滝さん、鱗滝さん」
「どうした雪成」
「このお面の顔なんですけど、口がへの字になっていますよね?」
「そうだな」
「失礼を承知で言いますが、笑顔がいいです!」

ビシッと右手をあげて意見した。狐といえば食わせ者でニヒルな笑顔を浮かべているイメージがある。

「儂の拘りでな、男の弟子と女の弟子で狐の表情を変えているのだ」
「ほうほう、なるほど。つまり?」
「却下だ」
「見てください私のこの素敵な笑み」
「うむ」
「狐も変えたくはなりませんか?」
「ならんな」
「けちんぼ」
「なんだと」

けち。





太陽が昇る時刻。水色の生地の上に白い雲の模様が描かれた、鱗滝さんが着ている着物と同じ上着を羽織る。この上着もお面と同様鱗滝さんが用意して下さったものだ。しかし私はこういった明るい色を自ら着ることはないので、目線を下にすると映る青空に少し落ち着かない気分になる。試験会場までには慣れておこう。

「炭治郎、私はこれから鬼殺隊の試験に参ります。終わったら直ぐに帰ってきますからね」

結局この二年間、炭治郎は一度も目を覚まさなかった。布団の上に乗った手を握り、血が巡っていることを確認して微笑む。話せないことは淋しいけれども、生きていればどうにでもなる。寧ろ、炭治郎が鬼として活動することなくこのまま眠っている間に元に戻す術を掴めば良いのだと、前向きになった。

「弟の事は心配するな、儂がしっかり見ておいてやる」
「はい、お願いします」

厄除の面を被り、お弁当は懐に、鱗滝さんの日輪刀を腰に差す。準備万端。

「……神楽、新八?」

朝早くにやってきたのはこれが初めてだった。ぱたぱたと両肩に恋鳥が下り立ち、光り輝く小石と水で洗われた三つ葉をそれぞれ渡してくる。太陽に反射する小石は神楽が今まで持ち込んできたものの中で一番綺麗に輝いていて、三つ葉は根っこの部分が甘くて葉っぱも余すところなくおいしく食べられるもの。

「ふふ、おやつとして頂きますね」

三つ葉はお弁当に入れる。小石をころころと手元で転がしながらどうしようかと考えた。……あ、そうだ、小袋に入れてお守り代わりにしよう。せっせと小袋に小石を入れ、万が一にも飛び出ないようにしっかりと紐で縛ってお弁当と同じく懐へ。

「では行ってきます、鱗滝さん」

鱗滝さんに一礼し、お面によって視界不良なので足元に気を付けながら歩く。途中でくるっと家の方に振り返った。

「真菰、錆兎、皆さん、待っててくださいね。……行ってきます!」

急に振り返り手を振り出した私に鱗滝さんは手を振り返してくれた。お面の中でその様子をくすくす笑いながら顔を前に戻す。

――その時、鱗滝さんの両隣に兄姉弟子たちの影を見かけた気がして、一瞬動きが止まる。

「……」

優しく強く吹いた風が背中を押す。
風が導くままに私は足に力を込め、試験会場に向けて走り出した。


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